1話 誰かは見ている
「シグマ。お前を俺たちのクラン、『集う者』から追放する。」
「は?」
あまりに突然の出来事だった。
静かな酒場。人の姿はほとんどない。店の奥の席で、左右に女性を侍らせた男がそう言い放つ。
「な、何故ですか? 僕は貴方たちに尽くしてきた。今日もまた無茶な依頼だと思って来たのに。」
目の前で足をテーブルの上に置いた男——ハフリは笑みを浮かべる。
「それは残念だったな。だがお前の力はもう必要ない。新たにこの大陸でシルバーランク5位の奴が運営するクランを落としたんだ。他のシルバーランカーも揃っている。戦力は十分だ。そこで、シルバーランクの底辺であるお前の力はもう必要ないってわけだ。」
なっ! シルバーランク5位だって!? 最近話題のクランじゃないか! 名前は確か『銀色の鷹』。リーダーはゴールドランクに上がるのではないかと期待されていた人だったよな……。
僕たちの時と同じだ。なんでシルバーランク中堅のこいつが敗れない?
「それ、僕を追放する理由になってなくない? 新しい戦力を手に入れたら昔の戦力はいらないの?」
ハフリはテーブルに置かれた木杯を持ち上げ、飲み干す。直後、それは僕の頬を掠めた。
避けきれなかった。頬が痛い。出血したか。
「顔だけ動かしたって避けきれねえよ。体ごと動けや。半身も取れてねぇ。分かっただろ? 弱いんだよ、お前。」
「分かったなら早く出てけよ。勿論パーティからも追放だからな。お前一人だけだ。」
僕はハフリに背を向ける。近くの柱に当たり、転がった木杯に近づきそれを拾い上げた。
「別れの挨拶は出来ないのかな?」
聞いたハフリが乾いた笑いが耳を刺す。
「まさか、出来ると思うか?」
やはりか。でも妙だな。最初からだ。集う者が今まで追放してきたなんて聞いたことがない。脱退はよく聞く話だが、それが追放だった? だとしてパーティではなく個人でのというのはやはり異質、聞いたことがない。
ハフリに嫌われていた。それは自覚している。でもまさかここまでだったとはな。
「分かった。もし可能なら『またな』って伝えておいてくれよ。」
僕は酒場を歩きカウンターテーブルに近づく。マスターの前に手に持った空の木杯を置き、出口を向かう。ハフリは何も言わなかった。
——冒険者という職業に就いた人々の大半はパーティを組む。
そしてクランとは3パーティ以上で手を組むことで作られる組織だ。情報共有や合同での迷宮探索などを行うために冒険者たちが作った制度だった。
「さて、この街にも、もう居られないな。鷹が落ちたとことによってこの街で一番権力を持ったのは『集う者』だ。
今まで脱退していったパーティたちはどこもこの街には留まっていない。もし追放による立場の喪失ならここには居られない。」
僕は自室で独り言を呟いていた。不満はある。納得はいってない。でも、あのクランに留まりたいとも思っていなかった。
確かにパーティメンバーのことは不安だ。ユリウスさんの集めたメンバーあることは当然。仲も良かった。
「そうか。ユリウスさんに会いに行こう。」
尊敬する人だった。我らのリーダーユリウス。僕たちが合併の決闘をした時に一人逃げ果せた人だ。
僕は合併してからのこの半年、あの人を信じ続けていた。
「絶対に迎えに来る」僕らに言った言葉だ。要望を聞かなければいけない決闘の敗北により、強制的に合併されたこのパーティの希望だった。
ユリウスさん、僕から迎えに行ったら喜んでくれるかな。
よし、早速出発しよう。
——ということで来たのは冒険者ギルド。僕はこれからある任務を受けようと思っていた。
それに最後になるかもしれないからね。少し会っておきたい人がいる。
「やあ。」
こうして僕は一人の受付嬢に話しかける。すると、受付嬢が筆を止めて顔を上げる。
「あら、シグマさん。おはようございます。今日はどうしました? もしかして、また押し付けられちゃいました?」
受付嬢が顔を上げた瞬間、顔をしかめた。
「どうしたんですか? その顔の怪我。」
もう固まった頬の傷を見つけて受付嬢は言った。
「あぁ、朝に擦ったんだ。」
僕はそう言い、椅子に腰をかける。受付嬢は視線を落とし、筆を進める。
「そうですか……。それじゃあ今日はどのような要件で?」
僕は小声でボソリと言う。
「パンドラの街に行きたい。行くついでに出来る依頼はないかな?」
受付嬢は筆を止めないまま会話を続けた。察したように受付嬢も小声で返す。
「あの迷宮都市ですか? それはまた随分と遠出ですね。どうしたんですか?」
僕には心当たりがあった。ユリウスさんがいる場所にだ。
「まあね。観光? 冒険だよ。冒険者って仕事に就いてる以上、街の治安維持ばっかりしてないで少しは外を知ろうと思ってね。」
一瞬、受付嬢が筆を止めた。しかし、すぐにまた動き出す。
「分かりました。探しては見ますが期待はしないでくださいね。遠すぎてここまで来る依頼なんて馬車、いや砂漠だから地竜か。とにかく護衛ですら怪しいですから。」
そう言い、受付嬢は書き終えた資料を横に積み上がる山の上にまた1枚重ね、席を外す。
狙いは護衛任務だった。移動代が浮く。馬車では行けない砂漠に囲まれた都市『パンドラ』そこに行くためには相当の移動賃がかかる。奇跡的に任務があるのなら移動費が浮く。
払えない額じゃないが一回でも相当重い出費だ。確認する価値はある。
そんなことを考えていると受付嬢が戻る。席につき受付嬢が間を作る。
……これは。
胸が高ぶる。この人とは長い付き合いだ。この人がこうしてふざけるときは大体上手くいった時だ。
「ありませんでした。」
は?
「一件も依頼はありませんでした。」
受付嬢が深刻そうにそう言った。
ため息が溢れる。
「じゃあなんで今、間を作ったの? 明らかに期待させたよね?」
「いや、その方が面白いでしょ。」
子供のような無邪気な笑顔の裏に悪戯めいた維持の悪さが見えた。
「仕事が一段落ついたからってあんま調子に乗んないでね。」
僕は呆れたようにそう返す。
「まあまあ、いいじゃないですか。それよりどうするんです? 依頼確認の目的はお金でしょ。どっち使うんですか? ゴーレムか地竜。」
僕は頭を抱える。
「どうしようか。地竜の方が安く済みそうだが。でもまあ急いでるわけでもないし歩きで行くよ。」
それを聞いて受付嬢が青ざめる。
「シグマさん。辞めておいた方がいいです。砂漠行ったことありませんでしたっけ? あそこ冒険者の死亡率が異常に高いです。絶対にゴーレムか何か使ったほうがいいですって。」
受付嬢は声を小さくして言った。
「お金がないからしょうがないだろ?」
僕はそう言い席を立ち上がった。
「もう行くんですか?」
受付嬢が言った。
「うん。次はいつになるか分からないけど、またね。」
受付嬢が何かを言おうとしたその時、別の受付嬢が資料の山を持ってきて「お願い」の一言で奥に戻っていく。
受付嬢がため息を漏らした。即座に筆を持ち書き始める。
「別にまたすぐ会えますよ。それじゃあ行ってらっしゃい。」
そう一言、受付嬢は言った。




