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あの子はお人形

 言葉が出ない、表情に乏しい、そんな朱里でも三歳になると地元の幼稚園に入園することとなった。

 入学前の面接では、無論何を聞かれても答えることはできなかったが、祖父が元衆議院議員、父が現県会議員というその理由ほぼ一点のみで入園を許された形となる。

 しかしだからといって、幼稚園生活が普通一辺倒にいくわけではない。

 案の定、朱里は入園式以来、いつも一人だった。

 誰に喋りかけられても、何も答えることはできない。

 笑うこともなければ、泣くこともない。

 一応、知能に問題はないと言われている。親は環境が変われば、と一縷の望みを抱いたが、幼稚園に入っても朱里の思いが、言葉や表情を伴って外に出ることはなかった。

 そんな朱里が少しでも楽しく過ごせるようにと、母は朱里が好むフリルのスカートだの、ワンピースだのを毎日のように着せてやった。おかげで朱里は毎日特に嫌がることもなく、幼稚園に通うことはできた。しかし行ったとて、話ができるわけではない。遊べるわけでもない。最初はあれこれ話しかけたクラスメイトも、何も返ってこないことがわかると「あれは人形かなにかかもしれない」、と本気で思い始めるようになった。

 そんなある日のことである。

 梅雨時で、雨が数日間降り続いていた。

 子供たちは外で遊ぶことができず、やきもきしていた。

 先生は絵本を読んだり歌を歌わせたりしてくれたが、そんなことではエネルギーを発散しきれない子もいる。

 中でも特に鬱憤を溜まらせていたのは、平野大地だった。

 言うまでもなく、幼稚園一の問題児である。

 ジャングルジムから飛び降りる。滑り台から飛び降りる。園庭の木に登る。屋根に上ろうとしていた時には、さすがに事前に止められたのでよかった。そんな日々を送っていた。

 大地が、ふと教室の隅で、じっと両手を重ね合わせたまま背を伸ばし、椅子にちょこんと座っている朱里を見つけた。

 見つけた、という表現はおかしいかもしれない。

 何せもう入園式からおよそ二か月が経っていて、さすがにクラスの中は知った顔ばかりになっていたのだから。

 でも大地はとにかくじっとしていることのない子であったので、とりわけおとなしい、というよりも言葉一つ発することのないクラスメイトの存在を認識してはいなかったのである。

 あまりに自分とは自分とは違う子。

 あまりに自分とはかけ離れた子。

 でもあんなに人はじっとしていられるものだろうか。否、不可能。

 「あれはお人形だ」大地はそう速断する。

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