クロードの仮初の婚約⑩
「もう無理ッ! 私はお姉様じゃないもの!」
セリーナは真面目に授業に取り組むようになった反面、度々癇癪を起こし、クロードの手を煩わせた。
だがアリシアに対し『向き合ってこなかった』という反省があり、察することに臆病になっていたクロードにしてみれば、そう悪くもない。
「今日はどうしたんだい、婚約者殿」
セリーナは大人しかったこれまでと違い……元気というか、自己開示できるようになったというか……有り体に言ってかなりの面倒臭さを発揮したけれど。
そのおかげで彼は、セリーナという人間をだいぶ理解するようになっていた。
「はいコレ!!」
「また書いたの……?」
セリーナはアリシアに手紙を書くようになった。
中身はクロードも確認させて貰っているが、大体しょうもない報告と愚痴ばかり。
アリシアから返事がきたことはないが、それでも書き続ける彼女曰く、『もしかしたらコレを読んで戻ってきてくれるかもしれないでしょう?』──とのこと。
ただ、それは本心じゃないだろう。
セリーナは繊細だが、だからか時に無神経を装ったりわざと露悪的に振る舞ったりして、本心を隠そうとしがちだ。
おそらくは姉と繋がり続けるための拙い策であり、再会時に気を遣わせないためなのだろうと思う。
いつまでも『元凶の図々しい妹』でいることが、彼女なりの贖罪のつもりなのだ。
甚だ面倒臭いが、愛おしい部分でもある。
(振り返ると、夫人もそういうところがあるような気がするな……)
そんなことを思いながら手紙とシーリング・スタンプを手に、クロードは大神殿のレオンの元へ向かう。
セリーナのものに限らず、伯爵家からの手紙はまずレオンに確認して貰い、彼の手を介してアリシアのもとに届けてもらうようにしていた。
徒に彼女の心を乱し生活の邪魔になるような内容なら、レオンはきっと渡さないだろうから。
こちらにそんなつもりはなくとも伝えたいことが伝わらなかったり、誤解を招くことはある……それらを防ぐため、傷付けたアリシアにできるせめてもの配慮である。
これは伯爵家の総意で、だからこそシーリング・スタンプの持ち出しが許されているのだ。
予定の調整が楽な面とアリシアと顔を合わせる心配もせずに済むことから、受け渡しは彼が聖騎士として働いている大神殿。
これは頼んだ際のレオンからの指示。
彼はこれを含めた大体のことについて『許されるためのパフォーマンスである』という姿勢を崩さない。
それでも協力してくれるだけで有難かった。
──とはいえ、やはりいつもこの時は緊張する。
レオンだけでなく大神殿の神官も最初は迷惑そうだった。だが一緒に寄進と差し入れを行ううちに、神官には歓迎され茶を入れてくれるようになってはいるので、当初より大分マシではあるけれど。
(考えてみれば、アリシア様が婚約者の時にグランシール様には大分無礼な振る舞いをしていたしな)
ふたりより年齢がふたつ上のクロードは、学園生活が一年だけ被っていたのをいいことに、卒業後もアリシアと共にたまに会うレオンに馴れ馴れしい口を聞いていた。
アリシアのことを抜きにしても嫌われて当然だ。アリシアがいなければしなかった態度ではあるにせよ。
(今思うと……対等であろうと虚勢を張っていた部分もあったんだろうな。 あの方だけでなく、アリシア様に対しても)
悩むのは自分の恥じ入るような部分を認められないからで。
クロードは長く葛藤したものの、一度くだらない自分を認めてしまえば、驚くほどすんなり受け入れられた。
元々クロードは、相手に気に入られるよう振る舞うのが得意だ。
そんな自分を『下の立場だから』『つまらない処世術だ』と無意識で卑下していたところがあったが、それを自覚してからはそう悪くも感じない。
レオンにも次期侯爵閣下として丁寧に接せている。
だがその日、レオンは──
「もう確認しなくてもいいだろう。 普通に侯爵邸に届けてくれ」
「え……」
いつも通り弱音が書き綴られたセリーナからの手紙を一瞥すると、すぐに封筒に閉まってそう言った。
「なんだ」
「いえ、まだ2年も経ってませんし……」
「もういいだろう、手紙くらい……というか私の事情も関わっている」
レオンはもう聖騎士の任期を終えるため、今後大聖堂に会いに来られてもいないらしかった。
「そう……ですか……」
「それでしたことの罪を忘れるならその程度だったのだろう。 それはそれで構わん、完全に縁が切れるだけのこと」
おそらく彼もクロードと同じように、『許す許さないはアリシアだけが決めていいこと』と思っている。
ただ、彼自身は許す気はないのだ。
アリシアを傷付けた者達を。
「また大聖堂には来ればいい。 寄進をしにでも……神に祈るでも」
冷たくそう放つレオンの態度は、概ねいつも通り。ただそれをクロードが冷たいと思ったことはない。
今日は特にそうだった。
彼に深く礼を述べてその場を辞したクロードは、神官に挨拶をして礼拝堂へと向かうことにした。
いつもそのまま帰るクロードに、既に顔馴染みとなった神官が「珍しいですね」と笑いかける。
「ええ、あの方にアドバイスを。 ……変わりませんね、優しい方です」
許さない姿勢を貫くレオンに、クロードは救われていた。
セリーナと向き合う中でアリシアへの反省を深めていく一方、幸福を感じる瞬間も増えている。
それがクロードは怖かった。
『アリシアは誰かの不幸を願わない』という想像も、どこか都合のいい建前である気がして。
負の感情を持ち続けるのは、時に希望を抱くより難しい。傷付けた側は特に、傷付けられた側のことなど容易く忘れてしまう。
だからレオンにはとても感謝している。
罪の自覚を促してくれるからだけではなく、彼自身の心情の複雑さを思って。
他者の傷付いた心に寄り添い続け、直接的でない相手に厳しい眼差しを向け続けることだって、難しいことだと思うから。
「あの方はきっと、図々しくも頼ってしまっている私の浅ましい心に気付いていた。 なのにそれを責めませんでした。 代わりに、『神に祈れ』と」
「──貴方が祈る時、神は全てを赦し寄り添ってくれるでしょう。 神は等しく皆に公平で、寛容であらせられます」
妙に恭しく神官は言う。
それはまるで定例文のようなお定りの文言だったが、やや俗世的な響きを以てクロードの胸に届いた。
罪に向き合い祈る時にのみ、神は現れ赦すのだ、と。
2年後に延びたセリーナの社交界デビューの夜会。
慎ましやかだが愛らしい、白いドレスに身を包んだセリーナと共に、婚約者のクロードは王宮ホールの前に立つ。
「怖くない?」
「怖いわ」
「だろうね。 私もだよ」と肩を竦めたクロードを、セリーナは呆れた顔で見た。
「……そこは『大丈夫だ、私がついてる』とか言うところではないの?」
その言葉にクロードは「ははっ」と軽く笑う。
「大丈夫だよ。 君がしてきた努力は裏切らない」
──『お姉様と同じ2年後の方が、ハートウェルの慣らいとして受け取られると思うの』
セリーナの提案はもっともだったが、アリシアと比べられる要素が増えることから皆反対した。
だが彼女は譲らなかった。
表立って不仲とは言えない二家とはいえ、陰では色々囁かれているのは想像に難くない。
それは伯爵家だけでなく、同時に嫁いだアリシアの立場を弱くするものでもある。
元凶の責任として、それを少しでも払拭すべきとセリーナは考えたようだった。
だがそれは、アリシアに及ばないまでもセリーナがそれなりの、高位貴族らしい美しい振る舞いと余裕を身に付けるのが前提。
平民ほどではないにせよ低位貴族程度で止まったままのセリーナの16からの教育。
ちょっとした日常の所作、ひとつひとつに気を使い自然なものにするまで、かなりの努力を要した。
加えて夫人と共に女性達との交流に参加し、実地を重ねる日々──セリーナはアリシアへの手紙以上の酷さで周囲に度々弱音や愚痴を吐いたが、絶対に音は上げなかった。
「私もついてる……頼りないがね」
「そんなこと」
「いや、これは不幸中の幸いだよセリーナ。 失敗したら私のせいにできるだろう?」
「まあ!」
入場係である王宮の従者がふたりに声を掛ける。ふたりのやりとりに吹き出してしまい、誤魔化すように咳き込みながら。
「行こう」
「ええ」
──この夜会も、アリシアは参加しないらしい。
セリーナはだからこそ『失敗できない』と意気込んでいるのだろう。
やや表現のかたちを変えても、セリーナの虚勢を張りがちなところや、根本的な弱さはそこまで変わってもいない。
促した深呼吸をする彼女が『お姉様』と声なく呟くのに、クロードは見なかったフリをする。
代わりに入場直前のギリギリで「綺麗だよ」と耳元で囁いたクロードに、セリーナは軽く肘鉄を食らわした。
ふたりの扉係の手が、両開きの扉の重厚なノブにかかる。
アナウンスと共に劇的に開かれる扉の向こう、シャンデリアのプリズムが灯りを反射しキラキラと輝く。
ふたりは赤い絨毯の上、そちら側へと踏み出す。
足並みを揃えて。
ご高覧ありがとうございました!
クロード視点、長くなってしまい申し訳ございません。これで完結です。
最終話、分割しようか悩んだ……!
また他視点を書くかもしれませんが、多分、しばらくは書かないと思います。
お付き合い頂き、ありがとうございました!




