【最終話】幻想燈花
2026年4月、吉日。
若松家、高田家の結婚式が執り行われた。
海に囲まれた坂越では『坂越の嫁入り船』という婚礼の伝統儀式がある。
和装の花嫁が両親と共に伝馬船という船に乗り、港に着くと人力車に乗り大避神社に訪れ、神前式の挙式を挙げるというものである。
一度は廃れてしまったこの婚礼行事だが、近年地元の有志などの力により復活し、プロデュースする会社もできている。
季節は春。
ふたりを祝福するかのような、満開の桜。
風に乗り舞う花びらは花吹雪となり、まるでお祝いのライスシャワーのよう。
「おめでとうー」
「きれいね…」
口々に漏れる感嘆の声。
白無垢の美しい若い花嫁。
迎える凛々しい花婿。
「まさか自分の娘が坂越の嫁入りをしてくれるなんて…」
美久母が感動の涙を流している。
「美久覚えてる?昔この婚礼行事を見たの。お母さんも坂越に嫁いできた時、昭和の始め頃までこういうのあるって聞いたんやけど、既に途絶えてる時で…あこがれやったのよ。まさか娘がしてくれて、私もこの船に乗れるなんて感激過ぎて…結婚相手が地元の大珂くんでよかったわ」
「お母さんもお父さんともう一回結婚式したら」
「いややわそんな恥ずかしい」
美久父も感極まってずっと泣いている。
「それでは、出発致しますね」
ウェディングプランナーに導かれ、船が出発する。
心地よい風が吹く。
最高の、風向きだ。
風待ち港で待っていた私が、今度は待ってくれている人の元へいくんだね。
陸に上がり。
待機していた大珂とその家族をみて、涙がこみ上げてきた。
誰かが待ってくれているって、こんなにもうれしいんや
大避神社での挙式。
「おさかなここに」
三三九度の時、古式通りの掛け声。
港町らしい、ほっこりする言葉がけ。
まさか自分が巫女をしていた神社で挙式できるなんて
神様の粋な計らいに、あの頃の思い出が頭をよぎる。
まわりを見渡せば、弓道部の仲間たちがいる。
ありがとう
みんながいてくれてよかった
みんなと過ごせてよかった
婚礼企画会社にカメラマンとして就職した洋子が、写真を撮ってくれている。
ほんまにおめでとう
美久ちゃん、大珂くん、よかったね
あの時、離れなくてほんとによかった
お似合い過ぎるよ
喜びで溢れそうな涙をこらえ、プロの仕事をしていた。
休憩を挟み、夜は通りに提灯を並べ、再度お披露目に歩く。
雅楽の音色に合わせ、一歩一歩。
この町で過ごした日々を踏みしめるように。
何度、ふたりでこの坂を歩いただろうね。
そんな思いで見つめ合い、ほほ笑む。
迎え提灯のろうそくの揺れる明かりに導かれ、幻想的なこの夜を共に歩いたこと、
一生忘れない。
愛してる
信じてる
言葉にしたら容易いことも
実態のないものは儚く
蝋のように
時とともに溶けていき
残る燈花を
積み重ね
想いはつのり
幸福な未来を思い描く
そして願う
この結びに
永遠の祝福あることを
翌日。
場所を変えて行われた結婚披露宴。
舞台はメモリアルスポット、牛窓のホテルリマーニ。
前日の和装とは打って変わって、白いウェディングドレスとタキシード。
「大珂は背が高いからそれ似合うね」
「美久もきれいで…ほんまそれしか言葉が出ない」
プールサイドであらためて結婚の誓いをし、後はギリシャ料理でパーティ。
「牡蠣はやっぱりうちのほうがうまい」
大珂父は照れ隠しでそんなことを言いながらも、おいしそうに食べている。
「ねぇ、うちらもここで挙式しようか」
「ブホッ、えっ??」
逆プロポーズともとれるまゆみの言葉に、智之がわかりやすく動揺した。
「…考えとくわ」
おや?
こちらも何やらいい感じ。
パーティの最中、スライドを使ったふたりの軌跡を辿るコーナーが始まった。
これ実は新郎新婦にはサプライズで、洋子が撮りためていた写真を編集したり、家族から幼い頃の写真を借りていたのだった。
「あっ、これ遠征に行った時や」
「私が巫女してた時のお正月…そうそう大珂と一緒に撮ってくれたね」
一気に場が盛り上がる。
スライドをバックに、友人代表としてまゆみが手紙を読んでくれた。
「幼なじみが結婚する確率は統計上わずか1%。そんな奇跡を今私達は目の当たりに出来てるなんて、感無量です。この奇跡はただ与えられたものではなく、ふたりしか知らない数々の局面を乗り越え、つかみ取った価値あるかたちだと思います」
パチパチパチパチ…
拍手が巻き起こり、新郎新婦ふたりの間にあった出来事を知る者たちは、しみじみと感慨深く頷いたり、目を潤ませている。
もちろん、当人同士も。
なつかしい少し色褪せた写真
生まれた時、幼稚園、小学校、中学校。
交際が始まった高校時代。
卒業後、離れ離れの時。
「あれ?これいつ行ったん?」
「あ、直島?八幡浜の帰り女子会でみんなで集まって…」
「えっ、ずるっ。オレまだ行ったことない行きたいっ。これやりたいっ」
かぼちゃアートの前で3人でジャンプしている写真をみて、ボソボソ言う新郎。
ふふっ、こういうとこまだまだ子どもっぽいんやから
いつも周りを笑わせていた、やんちゃなお祭り男が思い出される。
「行こうね、一緒に」
もう風待ち港で、待たなくていい。
これからはふたりで一緒に、同じ方向へ、旅立とう。
最良の風が、今瀬戸内の海を渡る。
〜Fin〜
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、あるいは特定の出来事とは一切関係がありません。




