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幼女になった落第聖女ですが、騎士団で女神と呼ばれています〜騎士公爵様がお探しの最愛はすぐ側に〜  作者: 海空里和
第一章 出会いのジャムパン

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出会いのジャムパン⑦

「……迷った」


 わたしは騎士団の敷地内で途方に暮れていた。

 動けるようになったライアン様と別れ、馬車がある場所に向かったはず、だった。


「これじゃあお兄様のこと言えないわね」


 まるで森のように生い茂る木々に囲まれ、わたしは周りを見る。誰も通らず、本当に騎士団の敷地内なのかと疑うほどだ。


「シリル様も心配してるよね……」


 元々、わたしを案内したらシリル様は仕事のため先に騎士団を離れる予定だった。だからこそお兄様はわたしに転移のペンダントを渡したのだ。

 すくむわたしの代わりにパンを届けてくれたシリル様に申し訳なく思う。

 魔法省の建物は、ここからでも先端が見えるというのに、ここから出られなくては向かえない。


(はあ……けっきょくお兄様の心配通りになっちゃった)


 このペンダントを使うのは忍びないが、仕方ない。シリル様には後で謝ろうと、ペンダントに手をかける。


「……の……で……が……」


 すると、茂みの奥から人の声が聞こえてきた。

 きっと見回りの騎士だろう。道が聞けると胸をなでおろしたわたしは、その声がするほうへ足を進めた。


 茂みの奥では声を潜めて会話をする二人が立っていた。

 騎士服ではなく、外套を深めにかぶっていて顔が見えない。体格的に男女の二人だろう。


(あ、逢引きかな……)


 もしそうなら、道を尋ねるなんて野暮だ。わたしはドキドキしながら踵を返す。


「呪いは効いているようね」


 女性が放った言葉に、わたしの足がぴたりと止まる。


(え――? 今、呪いって言った?)


 すぐにライアン様の顔が思い浮かんだ。心臓の動きが早まり、わたしは息を呑んだ。


「ええ。これでアスター公爵騎士団長は呪いに苦しみ死んでいくでしょう」

(騎士団長……お兄様の親友の方だわ)


 アスター公爵家は、現国王である妹の王女様が嫁いだ先だ。このくらいのことならわたしも知っている。


(そうか……若くして息子に爵位を譲られたって聞いたけど、騎士団長様のことなのね……って、それどころじゃない!)


 アスター公爵様は有能な方で、王太子であるレオニス・ラ・ブロッサム殿下じゃなく、公爵様を推す勢力もあったらしい。それは公爵様自身が拒否され、騎士団に収まることでお二方は良好な関係のはず。


(まだ良く思っていない勢力があるってことかしら?)


 公爵騎士団長様が意図的に呪われたのなら、ライアン様の呪いも魔物なんかじゃなくて、この人たちのせいかもしれない。わたしは二人の会話をもっと聞こうと茂みに近付いた。じゃりっと地面にあった小石に足を取られれば、二人に気づかれてしまう。


「誰!?」


 びくりと身体を縮こませる。さわさわと風が流れ木々の葉がしなれば、隠されていた姿が両者とも露わになる。

 その一人である女性の姿に、わたしは声を失った。

 金色の艶やかな長い髪に、大きな赤い瞳。見間違えるはずがない。大人びた声色だが、十年前、わたしの能力を気持ち悪いと言った人物――


「セシリア……さま?」

「……誰?」


 セシリア様が怪訝な顔をしたと同時に、わたしはひゅっと息を呑んだ。セシリア様の隣にいた男性が、いつの間にかわたしの背後に移動していたからだ。


「殺しますか?」


 冷たい男性の声に、背筋に冷や汗が流れる。わたしはそこから一歩も動けずに、セシリア様を見た。


「待ちなさい、ジョセフ。その子、どこかで……」


 セシリア様は外套のフードを取ると、わたしを間近でみるために近付いて来た。


「ああ……。そのラベンダー色の髪、落ちこぼれのなりそこないじゃない」

「――っ」


 昔の悲しい思い出がよみがえり、わたしは俯いた。


(そうか……あの言葉も、セシリア様が言ったものだったんだ)


 聖女じゃないわたしに価値はない。その烙印を押され、私は王都にいられなくなった。聖女であるセシリア様の言葉は瞬く間に社交界で広まっていったからだ。


「王都で何をしているの? さっきの話聞いていた?」

「聞いていなくても殺しましょう」

「待ちなさいって言っているでしょう」


 やたらとわたしを殺そうとするこのジョセフという人は、セシリア様の護衛だろうか? それならば、ヘーゼル伯爵子息に違いない。

 だらだらと流れる冷や汗を感じながら、わたしは少ない情報をかき集めようとする。


「ブルーベル師長が妹を可愛がっているのは有名よ。殺されたと知れば、血眼になって犯人を捜すでしょうね」


 どうやらお兄様の過保護ぶりは、王都でも有名らしい。恥ずかしいが、今はわたしの命を繋ぎとめられるかもしれない唯一の救いだ。


「……わたしは領地に引きこもる落ちこぼれですので、わたしの言うことなど誰も信じないでしょう。どうか見逃していただけないでしょうか」


 一か八かの懇願をする。


「――そう……」


 が、セシリア様はその美しい顔をにたりと歪ませると、わたしの希望を打ち砕いた。


「なんて言うわけないでしょう? ブルーベル師長だけはあなたの言うことを信じるでしょうね。あたしが考えていたのは、あなたの殺し方よ」

「――っ!」


 逃げようとすれば、すぐにジョセフに両腕をひねり上げられた。痛みで顔を歪めれば、セシリア様がくすくすと笑う。


「あ、そうだ。新しく作った毒があったでしょう?」

「これですね」


 セシリア様の言葉に、ジョセフがポケットから小瓶を取り出す。オーロラ色に輝く美しいその瓶を、セシリア様はジョセフから受け取ってわたしに見せた。


「これはねえ、体内に巡るとあたかも呪いが原因で死んだかのように見せられる薬なの。アスター騎士団長に使おうと思っていたんだけど……先にあなたで実験できるわね」

「――っ! 騎士団長様に呪いをかけたばかりか、そんなことをすれば聖女といえどセシリア様もタダでは済まないはずです!」


 ぞっとすると、わたしはセシリア様に叫んだ。


「なあんだ、やっぱり話、聞いていたんじゃない」


 不気味に笑うセシリア様に、わたしは言葉を詰まらせた。


(怖い……これは本当に国で唯一の聖女であるセシリア様の姿なの?)

「心配しないで。いくらでも偽装できるから。そうねえ、ブルーベル師長に罪を被ってもらおうかしら?」

「――なっ……お兄様は関係ないはずです! んっ……!」


 抗議で叫べば、セシリア様から合図を受けたジョセフに口をふさがれた。


「あの人の作る魔道具は一級品だけど、存在が目障りだったのよね。所詮、あなたちは伯爵位。我がオーキッド侯爵家の足元にも及ばないわ」

「〜っ、家族を侮辱しないでください」


 ジョセフの手から逃れ、わたしはセシリア様にきっぱりと告げた。


 ブルーベル伯爵家がこの国にどれほどの貢献をしてきたか、わたしは知っている。落ちこぼれはわたしだけ。爵位だって、父がそれ以上を望まないだけだ。


「あなたは聖女なのに、この国の民をそうやって蔑むことしかできないんですか?」


 悔しくてセシリア様を睨めば、冷ややかな視線が返ってきた。同時に、ジョセフから首を絞められる。


「うっ……」

「ジョセフ、足がつくことはやめて」


 セシリア様の一言で、すぐにジョセフの手は緩められた。


「かはっ……ごほっ、ごほっ」


 ジョセフに拘束されていて、その場に倒れ込むこともできない。わたしは苦しさで涙目になった。


「良い物持ってるじゃない」


 セシリア様がわたしのペンダントに気づくと、首筋のチェーンにするりと指を入れた。


「そうねえ、あなたは長年聖女になれなかった落ちこぼれの自分を嘆いて自殺した――そういう筋書きなんてどう?」

「何を……」

「ジョセフ」

「なっ――うっ……やめ……ぐっ」


 セシリア様がジョセフに瓶を渡すと、わたしは彼からそれを無理やり口に突っ込まれた。中の液体が喉に流れ込み、苦しい。わたしは思わずごくりとそれを飲み込んだ。


「かっ……はっ……」


 喉が、胸が焼けるように熱い。ジョセフに解放されたわたしは、その場に倒れ込んだ。


「ふふ、即効性はないけど、苦しみながらそのうち死んでいくでしょうね。まあ、万が一を考えてあなたには海に飛び込んでもらうんだけど」

「な……に……」


 苦悶の顔で必死にセシリア様を見る。セシリア様はわたしのペンダントのロケットを握ると、にっこり笑った。


「騎士団の敷地の裏側はちょうど断崖絶壁よ。この転移装置があなたを海の真上に運んでくれる」

(え――? お兄様が付与した力は確か……)


 もう考えがまとまらない。わたしはこのまま毒で死ぬのだろうか。


「さようなら、なりそこないの聖女さん。最後にあたしの役に立てて良かったわね?」


 消え入る意識の中、セシリア様の最後の言葉を聞くと同時に身体が宙に浮くのを感じた。

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