騎士団潜入①
目を開けると、わたしはベッドの上にいた。
(わたし、生きてた……)
ぼんやりと天井を見上げる。まだ喉が焼けそうに痛い。わたしはゴホゴホッと咳きこんだ。
「リーサ!? 目が覚めたのか!?」
「おにいさま……」
聞き慣れた優しい声に安堵する。お兄様は奥にあるソファーから立つと、急いでこちらにやって来た。
「わたし……ちゃんとお兄様のところに転移できたんですね……」
お兄様は転移先を執務室に設定してあると言っていた。聞き違いじゃなかったのだ。
(じゃあどうしてセシリア様は……)
考えて、がばっと身体を起こす。くらっと眩暈がして、倒れそうなところをお兄様が支えてくれた。
(あれ……? 身体が軽い? それに違和感も……)
支えてくれたお兄様を見上げたあと、自身の手に目がいった。
子どものような小さな手は――わたしの手だ。
「!?」
ばばっとわたしは身体を見渡す。お兄様の手を借りて立ち上がれば、天井はまだ遥か高い。
お兄様の腕にすっぽり収まる身体は、子どもそのもの――
「ええええ!?」
お兄様が着替えさせてくれたのか、子ども用のネグリジェを着たわたしの身体は、八歳くらいだろうか。
一体なにが起きたのだろう。わたしはパニックで目を回す。
「リーサ、まずは君に何があったのか聞かせてくれないか」
頭を撫でてわたしを落ち着かせようとするお兄様に、わたしは子どもじゃないのにと頬を膨らませながらうなずいた。
「なるほど……オーキッド侯爵家の聖女がねえ」
わたしに起きたことをすべてを話すと、お兄様はなぜか不敵に笑った。
テーブルの上にはティーセットと、お兄様のために作ってきたわたしお手製のアップルパイが置かれている。これらを用意してくれたシリル様は、お兄様の横に座り神妙な顔で頭を下げた。
「まさか、騎士団でそんな危険な目に遭われるとは……! お側を離れて申し訳ございませんアリッサ様!」
「シリル様のせいではありません! わたしがウロウロしたせいですので……」
迷子になったことはあえて伏せる。わたしだって、国の中枢である騎士団であんな物騒なことが起こるなんて夢にも思わなかったのだから。
「それでね、セシリア様がわたしを海に転移させて自殺に見せかけようとしたみたいなんだけど」
ペンダントをかかげて見せれば、シリル様が顔を上げる。
「ああ。騎士たちが使う緊急避難用の転移魔道具は、触れた人物が訪れたことのある場所にだけ移動できますから」
「え? じゃあ――」
首を傾げるわたしにシリル様が得意げに笑う。
「転移地点をあらかじめ魔法石に指定させるなんて大技が可能なのは、ブルーベル師長だけです。そして、その技術は限られた者しか知りません」
「だからセシリア様は疑いもせず、わたしを海で始末できると思ったんですね」
納得するわたしの目の前で、お兄様がシリル様に目配せをする。シリル様はわたしが履いていた靴を抱えると、急いで部屋を出て行った。
「死体は上がらずとも、靴が見つかればリーサが海で溺れ死んだのだと思わせられるだろう」
「ああ……」
シリル様は偽装工作に行ったのだと理解する。そしてわたしは恐る恐るお兄様に尋ねた。
「お兄様……セシリア様の言う通り、毒の痕跡は残らないのですね? そして、わたしの証言だけでは糾弾もできないと」
「さすが僕の妹は賢いね」
相手は国で唯一の聖女で、オーキッド侯爵令嬢だ。下手に動けばこちらが殺される。わたしが殺されそうになったように。
「……そういえばわたしはどうして助かったんでしょう? わたしで試す、と言っていたから毒は不完全なものだったのでしょうか?」
「そうだねえ」
考え込むわたしはハッとする。
「お兄様! アスター騎士団長様のお命が!」
「落ち着くんだ、リーサ」
立ち上がったわたしの隣に移動すると、お兄様はわたしを座らせた。
「放っておけばかけた呪いで死ぬのに、毒で追い打ちをかけようなんて、あちらにも急ぐ事情があるのかもしれんな」
「だからこそ、早めに手を打たないと……!」
「まあ待ちなさい。下手に動けばこちらがやられると言っただろう?」
焦るわたしに対して、お兄様は悠長に構えている。少し考えるそぶりをすると、すぐにわたしを見た。
「ここはあえて泳がせようじゃないか」
「えっ!? 危険が迫っているんですよ?」
「だから、リーサが騎士団長を守るんだ」
「は?」
ぽかんとするわたしに、お兄様はにっこりと笑った。




