出会いのジャムパン④
「うわあ……初めて見たわ」
わたしは目の前に現れた汽車に目を瞬いた。お父様の研究を引き継いでお兄様が完成させた、複雑な魔力回路を源として起動する魔法省専用列車。レールがなくとも宙を浮いて走るこの列車は、騎士団の足としても使われるらしい。
「アリッサ様ですね。ブルーベル師長より承っております。あ、お荷物お持ちします」
「は、はいっ!」
汽車から降りた魔法省の役人さんがわたしなんかに礼をとる。お兄様と同じ歳くらいに見えるその男性は、マロンブラウンの髪と同じ色の瞳が優しそうで、物腰も柔らかい。
お兄様が魔法省で研究チームを率いる師長に就任したのは知っていたけど、それがどれほど偉いのかわたしにはわかっていなかった。
(わたしなんかの出迎えに魔法省専用の汽車を使うなんて……)
わたしが気後れしているうちに、パンが詰まった木箱を役人さんがさくさく汽車に乗せていく。
そう、お兄様の手紙には「騎士団のためにお前自慢のパンを振舞ってほしい」と書いてあった。なんでも、騎士団長様とお兄様が親友なのだそうで、王都でも話題のパンを食べさせたいらしい。
お父様が急ぎの用件だと言うから、何事かと思ったら。
わたしは騎士団と聞いて、即座に行くと決めた。理由はもちろん、ライアン様に会えるかもしれないと思ったからだ。
(いやいや、そんな不埒な理由じゃなくて……お兄様の頼みだから!)
誰に何を言われたわけでもなく、心の中で言い訳をしてみる。
お店のジャムはお父様にお願いして、保存がきく冷暗庫を作ってもらった。ジャムさえあれば、お店を運営できる。わたしは大量のジャムを作るとお店を従業員たちに任せ、王都へ向かう汽車を待っていたのだ。
汽車はあっという間に王都へ到着した。騎士団が使うこともあり、停留所は街の中心部にあった。
王都に来たのは十年ぶりだ。聖女鑑定以来引きこもっていたため、まず人の多さに眩暈がした。
(うわ……活気があるけど、やっぱりのんびりした空気のブルーベル領が好きだわ)
さっそく帰りたくなっていると、わたしを呼ぶ声が耳に届いた。
「リーサ! 久しぶりだね! よく来てくれた」
わたしを愛称で呼ぶのはただ一人。
「お兄様!」
ハリソン・ブルーベル――お父様譲りの青い瞳はわたしとお揃いだ。お兄様の髪はお父様と同じ水色で、肩まで伸びたのをリボンで結んでいる。ちなみにその紫のリボンはわたしがあげたものだ。
お父様から見た目も受け継いでいるお兄様は、周囲の期待にも立派に応えている自慢の兄だ。
「疲れただろう? 汽車の旅はどうだった?」
わたしに駆け寄ると、お兄様は熱い抱擁で迎えてくれた。しばらく会っていないからか、いまだ子ども扱いだ。
「疲れたも何も、あっという間に王都に着いたから大丈夫よ」
「そうか! リーサのために転移装置を付けておいて良かった!」
「え?」
さらっとすごいことを言ったような?
頬を引くつかせたわたしから身体を離すと、お兄様は申し訳なさそうに言った。
「リーサ、すまないが……僕はこれから行かなきゃいけないところがあるんだ。騎士団には一人で行ってくれるかい? 行きはパンもあるし、シリルを同行させるから」
「えっ?」
後ろを指さすお兄様の指先をたどれば、ここまで同行してくれた役人さんが目に入る。
(お兄様の直属の部下だったのね……)
ぺこりとお辞儀するシリル様に、わたしも会釈する。
「帰りは、このペンダントを強く握りしめて」
お兄様がわたしの首に銀色のロケットが付いたペンダントをかける。
「これは?」
「これには転移魔法をかけた魔石を入れてある。リーサのお使いが終わったころには僕も執務室に帰っているだろうから、転移場所はそこにしておいたよ」
「てっ!?」
またすごいことをさらっと言った。転移魔法は誰にも使えるわけではないし、きっとどこでも引っ張りだこになる能力だと思うのだけど。
ちらっと後ろに控えるシリル様を見れば、苦笑している。やはり、こんなことで使う代物ではないのだ。
「お兄様、これはこんな私用で使うものではありませんよね? わたしなら大丈夫です。魔法省に行けばいいんですよね?」
ペンダントをはずそうとすれば、お兄様に手を添えられ、止められる。
「リーサ、君は王都に来たのは十年ぶりだろう? 迷子になったらどうするんだ」
「子ども扱いしないでください!」
宥めるように優しく話すお兄様に、わたしは遥か先にそびえ立つ大きな建物を指差した。
「あそこに行けばいいんですよね!?」
お兄様が勤める魔法省は、王城のすぐ近くにそびえる立派な建物だ。街のどこからでも見えるのに、迷子になりようがないではないか。
「でも、ここはブルーベル伯爵領じゃない。危険だってあるかもしれないんだ。僕は可愛い妹が攫われでもしたらと思うと心配なんだ」
「白昼堂々こんな大勢の前で誘拐する人なんていないと思うけど」
停車所から一歩出た先は、今も人がひっきりなしに行き交っている。ようは、お兄様が過保護なのだ。わたしはもう十八だというのに。
ぶうっと頬を膨らませていると、名案を思いついたかのようにお兄様が顔を輝かせた。
「そうだ! ライアンにリーサを魔法省まで送らせよう!」
「ライアン様!?」
お兄様から出たその人物の名前に、わたしは目を大きく見開いた。




