疑惑と励ましのピーチパイ④
「……職場で何をしている?」
ライアン様の冷ややかな声だけがお兄様の身体越しに聞こえる。
そう、わたしはソファーの上でお兄様に覆いかぶさられて姿を隠していた。顔はお兄様の胸にうずめているため、ライアン様からは見えないはず。
「なんだよ……邪魔するなよ、ライアン」
お兄様はわたしの顔を隠したまま、顔だけライアン様に向けた。
「そちらは?」
「僕の恋人」
(お兄様、咄嗟の嘘とはいえそれはどうなの!?)
内心バクバクのわたしは、声を出せずにお兄様の胸元を握りしめる。しかし、こんなソファーに女性を押し倒している状況で、他の言い訳なんてわたしには思いつかない。
「リーサはどうした」
「シリルに魔法省を案内させてる。まだかかるだろうから、騎士団まで送らせるよ」
「妹を放っておいて女性と密会とは……見損なった」
本気で軽蔑しているだろうライアン様の声に、ああ違うんですと叫びたい気持ちだ。
「……お前に僕の女性関係をとやかく言われる筋合いはない。それに、大事な人と会うのがそんなに悪いことか?」
「職場で不埒だ」
「愛に場所は関係ないだろう?」
(お、お兄様! ライアン様を煽ってどうするのよ!)
お兄様の下でハラハラしつつも、わたしは動けない。
「ハリソンにそんな相手がいたなんて意外だ。――っ!?」
「どうした?」
ライアン様の息遣いでハッとしているのがわかる。どうしたんだろう?
「僕だってそんな相手ぐらいいるさ」
わたしの髪を一房掬い取ると、お兄様はちゅっと口付けをした。
この場をやり過ごすためとはいえ、やりすぎよ!! お兄様!!
「……そうか。邪魔したな」
ライアン様はそう言うと、執務室を出て行った。
わたしはホッとしてお兄様をどかし、身体を起こす。
(そもそもわたしをアリッサと知らないのだから、隠れる必要あったかしら?)
パン屋の店主としてここにいてもおかしくはない。お兄様の依頼で騎士団にパンを運んだくらいなのだから。
(どのみち、リーサと同じドレスを着ている言い訳ができないものね)
むむっと考え込んでいると、お兄様が突然笑い出した。
「あっはっは! すごいよ、リーサ!」
「お兄様? ライアン様は真面目な方なんだから、からかわないで! ……あっ!?」
お兄様にお説教しようと立ち上がれば、わたしの身体がみるみる縮んでいった。
「また戻っちゃったわ……」
身体を見回すわたしをお兄様が持ち上げて、ソファーに座らせる。
「まだ毒を解毒しきってないんだろう。リーサは僕の魔力を供給されて、一時的に魔力を増強させたから戻ったんだろうな」
「え? 治癒魔法じゃなかったの?」
また知らない情報が出てきて、わたしは目を丸くした。
「ああ。リーサは自ら解毒できるからね。補助として僕の魔力を注いだだけ。兄妹だから魔力の相性もいいし」
「相性?」
「ああ。相性とはすなわち、愛そのものだ。家族は愛で繋がっているからな」
「あ、愛?」
そんなこと初耳だ。お兄様が得意げに続ける。
「これは僕の研究でわかったことだ。まだ上層部しか知らないがな」
またすごいことをさらっと話す。わたしはぽかーんとお兄様を見た。
「リーサが作るジャムは愛に満ちているからな。騎士たちの体調も良かっただろう?」
「え!? ちょっと待って!?」
手を前に出して困惑するわたしにお兄様は笑顔のまま話をやめない。
「リーサの聖力がジャムを生み出す。それを食べた騎士たちは魔気を受けにくくなって、少しの聖水ですぐに回復していたはずだ」
わたしはこの前の魔物討伐のことを思い出し、たらりと汗を流す。騎士たちが話していたことは比喩ではなく、本当にみんなを癒していたのか。
「だからパンを食べさせろと言ったんだ」
「説明が足りないわ……!」
がくっとソファーの上で崩れ落ちたわたしだが、正直自分に聖力があるなんて信じられない。だって、果実をジャムにするなんて変なスキルだし、気持ち悪いとまで言われたのよ!?
「そうは言っても毒に対抗できるのはリーサだけだ。もうあいつに変なもん飲ませないように、リーサのジャムだけで魔気を払っていくしかない」
「まさか騎士団に差し入れさせたのって……?」
「リーサの力で呪いもなんとかできないかと思ってな。魔気に反応してライアンは苦しんでいたし。まあ、魔気を体内に取り込まないようにするには、ジャム摂取の継続が必要だったようだ。騎士団に潜入できて怪我の功名ってやつだな」
「説明ぃぃ……」
がくっとうなだれるわたしにもう一人の影が落ちた。
「お疲れ様です……アリッサ様」
「シリル様!」
疲れているのはシリル様のほうだ。いつの間にかわたしの前に立っていたシリル様の顔は、げっそりとやつれている。
「どうだった?」
お兄様の呼びかけにシリル様が魂を抜かれたみたいな顔で口を開く。
「あちらは油断しているようですね。ブルーベル師長が心を病んでふせっているのは噂になっていますから」
「ふせって??」
シリル様の説明に首を傾げながらお兄様を見る。
「ああ。僕は今、大事な妹を失った悲しみで休職中なんだ」
「ええ!?」
「おかげで魔法省は大混乱です……」
驚くわたしにシリル様がトホホと嘆く。
「破綻しないように影で動いているだろう」
「主に私が代理として動いていますがね」
お兄様の暴君ぶりにシリル様の苦労を思って泣けてきた。
「そもそもわたしが巻き込まれたせいですよね」
「いや、どのみちリーサの力を借りるつもりだった。それが早くなっただけだ」
「それってどういう……」
「それで?」
お兄様はわたしの質問には答えずにシリル様を見た。
「……接触しました」
「やっぱりか」
「???」
二人の会話についていけない。首を傾げるわたしにお兄様が向き直った。
「リーサ、すまないがここでもジャムを作っていってくれないか? シリル」
「はい」
シリル様は頷くと、持っていた魔道具である鞄から何種類かの果実を取り出した。
「いいけど……ジャムだけでいいの?」
お兄様の執務室ではパンやお菓子は作れない。でも騎士団で作ってあとから届けることだってできるのに。
「ああ。炭酸水で割って飲ませるから」
「なにそれ美味しそう! 騎士団でもやる!」
思わぬレシピ提供にわたしは前のめりになった。……ん? 飲ませる?
「お兄様が飲むんじゃないのね?」
「ああ」
お兄様はそれ以上何も言わなかった。執務室で完結させるということは、極秘で届ける場所があるのだろう。お兄様の仕事に関わることには口出しできない。わたしはそれ以上聞くことができなかった。




