疑惑と励ましのピーチパイ③
「それって、お兄様も命を狙われる対象になったってことよね?」
「まあ落ち着け、リーサ」
兄の命が狙われて落ち着いていられる人などいるだろうか。ましてや相手は侯爵令嬢で、国唯一の聖女だ。
(いくらお兄様でも相手が悪いわよね? それでも策があるということ?)
お兄様はわたしの横に座ると、ぎゅっと抱きしめてきた。
「リーサはお兄ちゃんのこと心配してくれているんだよな? ありがとう~」
「お兄様? 早く本題に入って!」
ぐいっとお兄様を押しのけて睨むと、お兄様はふうと息を小さく吐いた。
「さすがリーサはかしこい」
「わたしは何をすればいいの!?」
「リーサはライアンにパンを食べさせ続ければいい」
人差し指を唇にあてて微笑むお兄様に、わたしも息を吐いてから顔を上げた。
「それ……冗談で言っていたわけじゃなかったんですね?」
「……まずは、悪徳聖女の解剖といこうか」
わたしを見たお兄様は、悪魔のような笑顔でオーロラの瓶を掲げて見せた。
「リーサの葬式という体で僕はブルーベル領に帰省していた。ああ、心配するな。密葬だから誰も呼んでいない。ただ、毎日領民たちが涙を流しながら弔問に来ていたがな」
「大事になっているじゃない……申し訳ないわ」
お兄様の説明に胸が痛む。領民ファーストの領主の娘がみんなを泣かせるなんて。
「それは仕方ない。聖女を欺くには神殿ごと欺かないといけないからな」
「パン屋のみんなは?」
「当面はリーサのジャムがあるからな。傷んで捨てることになったらリーサが悲しむって、みんなで続けてるよ」
「みんな……」
じわりと涙がこみ上げる。早くみんなに会いたい。会って無事だと告げたい。そのためには、この大きな陰謀をなんとかしなければ。
「ブルーベルベーカリーは当面の間、領民以外の客を断る方針だ。これで王都からの人の出入りも減るだろうし」
「お父様が動いてくれたのね……迷惑をかけているわね」
お母様はきっと面倒ごとに巻き込まれたわたしを怒っているだろう。お父様には領主としてしなくてもいい気苦労をさせてしまった。反省して気落ちしていると、お兄様がポンとわたしの肩に手を置いた。
「父上も母上も王家に顔が利くから安心しろ」
「どういうこと!?」
まさか王家に力を借りているの? ぎょっとしてお兄様を見れば、お兄様はにかっと笑った。
「まあ今は置いといて……」
「置いておけないんだけど」
ジト目で見上げるわたしにお兄様は笑顔を崩さずに続ける。
「それで王都に帰ってきたら、執務室にこれが届けられていたんだ」
お兄様は机の上に置いたオーロラの瓶を指差した。ライアン様を殺そうとした毒の瓶だ。わたしはごくりと喉を鳴らしてお兄様の指先のそれを見る。
「僕は妹を溺愛していると有名だからな。気落ちしている今ならついでに片付けられると思ったんだろう。それはリーサが死んだとあちらが信じているということだ。ご丁寧に証拠になる物なんか送ってきてさ」
ふふふと話すお兄様はなんだか楽しそうだ。絶対に敵に回したくないタイプ。
わたしの頭にシリル様の「はらぐ」という言葉がよみがえる。
(ああ……腹黒……)
やっと理解して納得した。わたしの中では優しくて万能の兄の姿のままだったから、知らなかったお兄様の一面に目をぱちくりさせた。
「リーサ? 聞いているか?」
「き、聞いてる!」
うわの空なわたしをむうっと見ると、お兄様はわたしを抱き上げて膝に座らせた。
また子ども扱いして! そんな気持ちでお兄様を睨めば、お兄様は声を潜めて話を続けた。ここはお兄様の執務室で誰もいないのに、よっぽど秘密の話らしい。
「この毒を解析したんだが、どうやら聖力と魔気を練り上げて作られているみたいだ」
「そんなことができるの!?」
わたしもヒソヒソ声でお兄様を見上げる。
「ああ。ライアンに呪いをかけられるくらいだ。魔物と同じ性質の力か、または吸い取る力でもあるのか……」
お兄様の見解にぞくりとした。
聖女でありながらそんな力があるなら、この国を脅かす恐ろしい力だ。
「それでどうしてわたしには効かなかったの?」
今回お兄様がわたしを呼んだ理由はこれだろう。毒を解析したのなら、それも明らかになったはず。お兄様は最初から何かあたりをつけていたようだけど。
「セシリア様の毒が不完全なわけではないんですよね?」
「――ああ。さすがリーサは話が早い」
にやりと笑ったお兄様がわたしの顔を覗く。
「リーサの身体の中にある聖力が毒を分解したんだ」
「――――はい?」
お兄様の言葉に頭がフリーズする。聖力? 何言ってるの? わたしはないって鑑定されたのよ?
「リーサは間違いなく聖力を宿している。まあ命を守るために力を使ったから子どもになってしまったんだろうな」
「じゃあ、そのうち戻るってこと!?」
前のめりになって叫ぶわたしに、お兄様が頷く。
「ああ。聖力が安定すれば――――リーサ!?」
わたしは急に苦しくなって、胸を押さえた。お兄様が心配そうにわたしを抱きかかえる。
(な、に……?)
ぎゅっと目をつぶれば、身体の中に熱い何かを感じる。
「ふっ……うっ……」
じわじわとそれが身体の中で駆け巡る。
――気づけば、わたしは元の姿に戻っていた。
「あれ? 服……そのまま?」
リーサの服が十八歳にもどったわたしに合わせたサイズになっている。わたしの服はすべてお兄様が贈ってくれたものだから、きっとこのことを見越して魔法をかけてくれていたのだろう。
「どうして先に教えてくれなかったの!?」
お兄様に抱きしめられたままだったので、身体を離して抗議する。
「……驚いた。俺の魔道具の効力も消滅してしまったな」
「え?」
嬉しそうに話すお兄様は、全然驚いてなんていない。むっとしながら立ち上がったお兄様を見上げる。お兄様は棚から手鏡を取ってくると、手渡してくれた。鏡に映るわたしは、お母様譲りのラベンダー色の髪に戻っていた。茶色に見慣れていたから、懐かしささえある。
「でもまだリーサの聖力は安定していない」
「どういうこと?」
お兄様に視線を戻したところで執務室のドアがノックされた。
「ハリソン、リーサを迎えに来たぞ」
ライアン様だ。
「ど、どうしよう、お兄様!」
わたしは真っ青になってお兄様を見上げた。アリッサは死んだことになっているから、誰かに見られるわけにはいかない。しかもリーサと同じ服を着ているわたしをライアン様は不審に思うだろう。
「だ、騙していたことがバレたら……」
「落ち着け、リーサ」
あわあわするわたしにお兄様が言い聞かせる。
(そんなの無理だよ! ライアン様は女性が嫌いなのよ!?)
「ハリソン? 入るぞ?」
(ど、どうしよう――)
隠れる暇もない。わたしはソファーの上から動けないままで、無情にも執務室の扉が開け放たれた。




