出会いのジャムパン②
わたしのお母様は元聖女だ。今は引退して、お父様と一緒に領地を切り盛りしている。
お父様は元魔法省の技術者で、魔道具作りの一人者だ。研究肌で出世には興味がなく、魔法省長官の話も陞爵も断った変人だと言われている。ブロッサム王国の発展に大いに携わったというのに、欲がない。お父様曰く、お母様と結婚できたことが最大の褒章らしい。二人は恋愛結婚で、わたしの憧れでもある。
お父様はすごい人なのに偉ぶることもなく、わたしのパン屋にも協力してくれている。お父様お手製の魔道具オーブンは、王城の厨房でしかお目にかかれない代物だ。
そんなお父様は魔法省に引き留められるも、お兄様が入省するのと入れ替わりであっさりと魔法省を辞め、領地に下がってしまったのだ。
そんなすごい両親を持つわたしは、果実をジャムにするというへんてこスキルで今日もパンを売る。
「ありがとうございましたー! こちらのお客様で完売となります!」
最後のパンが売り切れ、売り子の声が響き渡る。今日も仕込んだ分全てが午前中で完売してしまった。手作りなのと、材料にも限りがあるため、これ以上は量産ができない。王都からもお客様が押し寄せるようになってから、毎日この調子だ。この後は、領民の明日の分を作って届けなければいけない。領民ファースト、これは譲れないので仕方ない。
「なんだと!? わざわざ王都から来たんだぞ? 買えないとはどういうことだ!」
並んでいた一人が叫ぶ。どこかに仕える貴族だろうか。こういうことがあるので、個数制限も設けているし、買えない可能性があることを承諾してもらい並んでもらっているのに。
「おい! まだあるんだろう!? 無いなら作れ!」
「いい加減にしてください!」
従業員の子たちに掴みかかりそうな勢いの男性に、わたしはフロアに出て制止した。
「なんだお前は? 私はヘーゼル伯爵家の使いの者だぞ! わざわざ金を出して買ってやろうという伯爵様のお気持ちを無下にする気か!」
「関係ありません。このパン屋は元々、ブルーベル伯爵領のもの。こちらのルールは守っていただきます! 他のお客様だって、買われるために朝早くからお並びなのですから」
やっぱりお屋敷に仕える貴族だったようだ。ヘーゼル伯爵家といえば、ご子息が現在の聖女を護衛している家だ。それでも、どんな家でも関係はない。
「今日はお引き取りいただき、また明日お越しください」
「お前……っ、誰に向かって口を! ……販売員ごときがっ」
ぴしゃりと告げれば、その男性が暴言を吐く。わたしはすうっと息を吸い、彼を見据えた。わたしの後ろではみんなが心配そうに見守っている。この店を、彼らを守るのは店主であるわたしの責務だ。
「私は、この店の店主であるアリッサ・ブルーベルです。苦情でしたら領主である我が父、ブルーベル伯爵を通してください」
「なっ……!? 領主のお嬢様がこんなところで……!?」
男性はわたしの素性を知り、驚愕しているようだ。お父様からは、トラブルがあれば身を守るために名前を出すよう言われている。伯爵という身分以上に有名で、国王陛下の覚えもめでたいお父様に盾つこうという貴族はいない。
少なからずあるトラブルを、今回もこれで乗り切れると思っていると、その男性はふんと鼻で笑った。
「ああ……聖女になりそこなった落ちこぼれ令嬢か」
「なんだと!?」
「いいから!」
わたしを貶める発言に、従業員の一人が声を荒げる。わたしはすぐに制して、厨房の奥に下がるよう目配せした。
相手はヘーゼル伯爵家の使いだ。あの子たちが歯向かえば、タダでは済まないだろう。
「あのブルーベル伯爵夫妻のご令嬢が、こんなところでパン作りですかあ。ふふふ、旦那様に良い土産話ができそうです」
パンを買えなかった腹いせのように、男性はこれでもかとわたしを嘲笑った。
こんな悪意に晒されるのは久しぶりだ。わたしは言われるがまま、ぐっとこらえて押し黙った。
「どうです? バカにされるよりもパンを献上したほうが――」
「では今後、ヘーゼル伯爵家に関するすべての人がこの店に立ち入ることをお断りします。お引き取りを」
「なんだと!?」
わたしを見下す男性の提案をきっぱりと断る。
「落ちこぼれ令嬢の作ったパンなど、わざわざ王都から買いにきていただかなくとも良いということです」
「この……っ、こっちが譲歩してやっていれば――」
(どこが譲歩!?)
カッと顔を赤くした男性が、わたしの胸ぐらを掴む。そのとき、来客を知らせるドアの鐘がガランゴロンと鳴った。
「……パンはもう売り切れか?」
顔を向ければ、ドアの前には全身真っ黒の騎士服に、長いマントをまとった男性が立っていた。




