41 第二王妃ミラベル
それから、私達はヴィンセント王国の王宮へと戻った。
一週間ほど滞在したら、マグネリア王国に戻る予定だ。
そこで私とアイリス姉さまは、ある人物に会うことにした。
第二王妃ミラベルである。
~✿~✿~✿~
「これはどういう会なのかしら、ヴィオレッタ」
ティールームに集まった面子を見ながら、第二王妃ミラベルは私に冷たく問いかける。
私が呼んだのは、次のとおりだ。
第二王妃ミラベル=フォン=ヴィンセント。
その子である、第二王女イルゼ=フォン=ヴィンセント。
そして、第三王妃テレスティナ=フォン=ヴィンセントである。
三者は、迎えた私とアイリス姉さまを見て、怪訝な顔をした後、席に着いた。
その場でお茶を用意し、好きなカップを取ってもらった後、主催の私が自分のカップに口に付ける。
これは、使用人達に、『お互いの暗殺を考えていませんよ』というアピールをしているのだ。
そして内密の話をしたいので、人払いをした。
室内は五人きり。
その上で、私はにっこりとほほ笑んだ。
「ミラベル様。大丈夫です。アイリス姉さまはすべて知っています」
「え?」
目を丸くしたのはミラベルだけではない。
第二王女イルゼも、第三王妃テレスティナも、目を丸くしてアイリス姉さまを見ている。
アイリス姉さまは、顔を赤くして、俯きながら声を絞り出した。
「あの……うちの母が、本当に色々と、申し訳なく……」
シーンと静まり返る室内。
その後、ミラベルの爆笑と、面倒臭そうなイルゼのため息と、テレスティナの上品な笑い声で室内はにぎやかになった。
「やだもう~、そういうことなら早く言ってよ、ヴィオちゃん」
「ヴィオちゃん!?」
「あ、そうね、アイリスは知らないのよね。私とヴィオちゃんはよくこうしてお茶会をしているのよ」
「え!?」
時が止まったかのように固まるアイリス姉さま。
それはまあ、そうだろう。
アイリス姉さまの腹心の妹であった私が、敵陣営の第二王妃ミラベルと日ごろから懇意にしていたというのだから。
「お母さん、順番に話したほうがいいんじゃない? アイリス姉さまも困っちゃうでしょ」
「アイリス姉さま!? イルゼあなた、私のこと、いつも他人行儀に『お姉様』としか呼ばなかったわよね!?」
「えー。だってヴィオレッタが会うたびにアイリス姉さまアイリス姉さまってうるさいんだもの。聞きなれちゃったわ」
「あなたもヴィオレッタと仲良くしてたの!?」
「ええと、ごめんなさいね、アイリス。わたくし達四人、割と仲がいいのよ」
「テレスティナ殿下も!?」
困ったようにほほ笑んでいる第三王妃テレスティナに、アイリス姉さまは真っ白になっている。
アイリス姉さまの世界では、第一王女アイリス陣営と、第二王妃ミラベル陣営、第三王妃テレスティナ陣営の三つ巴の政権争いが起こっていたはずだ。
一応の王太子はアイリス姉さまだけれども、最も強い陣営は第二王妃のミラベル陣営。
ミラベルの子である第一王子ウィリアムが実際のところは後を継ぐのではないかと噂されているほどに、第二王妃ミラベルは官僚達を掌握している……。
「だってね、あの人、全然まともに政治をしないじゃない? そのせいで、私が第二王妃になったときから、周囲からの期待がすごくて」
「は、はあ……お父様が?」
「そうよ。裁決とかはするんだけど、根回しとか調整とかはからっきしなの。だからもう、そっちの仕事が大変で大変で」
第二王妃ミラベルは、ミラー侯爵家の出で、そういった政治的な教育をみっちり仕込まれて育ってきた。
そして、王妃になってからは、そちらの業務が忙しすぎて、他のことに注力している暇がなかったのだという。
アイリス姉さまは、少し悩んだ末、思い切って口を開く。
「……第一王妃は、ミラベル殿下は人格者であると言っていました」
「あら、それは嬉しいことね」
「それは、なぜですか? あなたのお立場なら、第一王妃をもっと早く王宮から追いやることもできたはずです」
「ええ~、そんな危ないことしないわよ」
危ないこと、と呟くアイリス姉さまに、ミラベルは頷く。
「アイリス。あなたも第一王妃に会ったんでしょう?」
「えっ、あっ、はい」
「すっごく美人だったでしょう」
「ええと……それは、そうですね」
「しかも、自分の魅力に無自覚なの。いつも『ミリーは可愛くて大好き』って言ってくださるけれど、傾国の美女に言われてもねえ」
「はあ」
「ヴィルはね、そんな第一王妃に夢中なの。彼女しか見てないのよ。横から茶々を入れたら、怪我しちゃうわ」
「私達が選ばれたのも、クリスタ殿下に似ていたからっていうだけですものね」
げんなりした顔でそう言うのは、第三王妃テレスティナである。
金髪碧眼のはかなげな見た目の美女二人を見て、アイリス姉さまは震えながら青ざめている。
なんと、アイリス姉さまは、この事実に気が付いていなかったらしい。
「まあ別に、政治は得意だからいいんだけどね。アイリス、あなたにだけ負担がかかってしまって申し訳なかったわ」
事情が事情なので、誰もアイリス姉さまに真実を話すことをしなかったのだ。
表立って、第二王妃ミラベルが第一王女アイリスを取り込んだ場合、ヴィルクリフの精神が崩壊して制御不能になる可能性があったからだ。
若いアイリス姉さまに、どこまで演技ができるか確証を得られなかったミラベルは、アイリス姉さまに関しては静観を貫いていた。
いや、若干の意地悪もしていた気がする。
「だって、ちょっとイライラしちゃって」
「は、はあ……」
「私が国王と第一王妃のしりぬぐいをしているのに、その子が悲劇のヒロインみたいな顔をしていたら、いじめたくなっちゃうじゃない?」
頬をふくらませるミラベルに、アイリス姉さまは、もはやなにも言えなくなっている。
「そんなわけで、ヴィオちゃんは最初から裏事情を知っていたから、色々愚痴を聞いてくれていたのよ」
「でも、それも私がアイリス姉さまの腰ぎんちゃくをやるようになってからですよね」
「だって、私達も怖かったのよ。出産後にようやく体が回復したなと思ったら、ある日突然娘が増えたんだもの」
「十月十日どころか一日って、わたくし腰が抜けるかと思いましたわ」
けらけら笑っている王妃達と、いつもどおり無表情の私と、けだるそうな顔をしているイルゼ。
この四人が集まると、いつもだいたいこんな感じである。
ふと、ミラベルが思い立ったようにアイリス姉さまを見た。
「まあでもね。アイリス、あなたはこの国にいないほうが幸せになれるわよ」
「えっ」
「私、割と心からそう思っていたから、マグネリア王国からの婚約打診をあなたに向けたのよね。まあ、どうせヴィルが邪魔するんだろうとは思ったけれど」
「ギリギリまで暗い目で黙っていたの、わたくし、笑っちゃいました」
「ヴィルは私に頭が上がらないからね~。あれはきっと内心、『アイリス、もっと頑張れ!』『ヴィオレッタ、邪魔をしろ!』『イルゼ、よくわからないが発言してみないか!』とか思っていたに違いないのよ」
「『よくわからないが』は、実母なのにひどすぎませんか、ミラベル様」
「ええ~、テレスティナだってそう思っていたくせに!」
笑いが止まらない王妃達。
アイリス姉さまは二人を見ながら、おずおずと問いかけた。
「あの……なぜお二人は、そんなに仲がいいのですか?」
二人は目を丸くした後、顔を見合わせてしばらく考え込む。
そして「まあ、いいんじゃない?」「大人だしね」と言って、アイリス姉さまを見た。
「ヴィルがね、夜もずーっと私達をクリスタクリスタって呼んで、よしよしプレイを」
ここで私はアイリス姉さまの耳をふさいだ。
アイリス姉さまが、精神崩壊一歩手前の顔をしたからだ。
「まあ、私は別にいいんだけどね」
「わたくし、どーーーーしてもそれがダメで。第二子はご遠慮申し上げているんです。出産前も、ずっとミラベル様に相談していて」
「可愛そうな男なのよ。ずーっと好きな人を追いかけ続けて、与えられる愛に気が付いていなくて。『クリスタは俺が居なくてもいいんだ』とか、ぐちぐち……ああ、そういえば彼女を刺したあの日は、『なんでクリスタは俺より上手いんだ!』ってずっと」
ここで私は、もう一度アイリス姉さまの耳をふさいだ。
アイリス姉さまが、再び深淵に足を踏み入れかかっている顔をしたからだ。
「あ、出産といえば、私の息子のことなんだけれど、ヴィオちゃん」
「はい、テレスティナ様」
「エクバルトをいじめるのも、ほどほどにしてあげてね。もう残ってるほうが少ないみたいなのよ。まあ、ここまで反省のないあの子が悪いんだけれど」
ため息をつくテレスティナに、私はぷい、と横を向く。
それを見たアイリス姉さまが、首をかしげた。
「ヴィオレッタが……エクバルトに、なにかしているんですか?」
そういえば、アイリス姉さまは知らなかったのか。
「あの子、ヴィオちゃんにすぐセクハラするじゃない? それで、ヴィオちゃんがセクハラを受けるたびに仕返しをしているのよ」
「仕返し」
「魔女入門グッズ……だったかしら。それを使って、魔女ケイトに習いたての魔法を、八年前からコツコツ、こうね」
藁人形に五寸釘を打つジェスチャーをしたテレスティナに、アイリス姉さまは唖然とし、私を見て、再びテレスティナを見た。
そう、第二王子エクバルトの頭に乗っている毛は、本人のものではない。
毎日こつこつと積み重ねている私の努力は、きちんと実を結び、彼の頭に結実しているのだ。
ちなみに、アイリス姉さまが鉄のパンツを履いた翌日は、特別に百回ほど打ち込んでおいた。右腕が疲れて、本当に大変だったのである。
それを聞いたアイリス姉さまは、すっぱいものを食べたような顔をした後、テレスティナに向き直った。
「エクバルトは、テレスティナ様の陣営が弱くなることを危惧しているようです。テレスティナ様が争う気がないことを教えてあげたらどうですか?」
「アイリス。あれにこの真実を伝えられるの?」
ミラベルの言葉に、アイリス姉さまは黙り込む。
第二王子エクバルト(十八歳)に、この真実を伝える。
あの、思慮のないエクバルトに。
妹にセクハラをする、モラルのないエクバルトに……。
「発言を取り消します」
晴れやかにほほ笑むアイリス姉さまに、ミラベルもテレスティナも華のような笑みを浮かべた。
「うちの娘達は聡くて結構なことだわ。それに比べて、息子達ときたら」
「……ウィリアムも、なにかしたのですか?」
「なにもしていないわよ。でもあの子、若い頃のヴィルにそっくりなの」
……。
その場に沈黙が落ち、アイリス姉さまはため息をつく。
「それは、なにも伝えないほうがよさそうですね」
「そうでしょ? だから、あの秘密の孤児院の場所も教えていないわ」
「あっ。『ヴェローチェ様の秘密の孤児院』……ミラベル様が引き継いでいらっしゃるのですか?」
「そうよ。結局、ケイトの件があって、王妹ヴィクトリア様が怯んでこちらに丸投げしてきたからね」
肩をすくめるミラベルに、アイリス姉さまは、力なくほほ笑んだ。
「あなたがいらっしゃる限り、この国は安泰です、ミラベル様」
これに対し、ミラベルは目を細め、第二王妃たる美しい笑みを浮かべた。
「ありがとう。私も、あなたのような聡明な娘が居ることを誇りに思うわ、アイリス」
こうして、第一王女アイリスと第二王妃ミラベルは、和解したのである。
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「ところで、アイリス。あなた、クリスタから話を聞いたのよね」
「そうです」
「ケイトからは?」
ぱちくりと目を瞬いたアイリス姉さまに、ミラベルは「やっぱりね」と呟く。
「アイリス。あなたは、あのとき、どうして入れ替わりの魔法が発動したんだと思う?」
「それは……ケイトさんが、父に襲い掛かられて、動揺したから?」
「あれはそんな繊細な神経の持ち主じゃないわよ」
冷たい顔で目を細めるミラベルに、アイリス姉さまは息を呑む。
「あなたがどう解釈するのかは、任せるけれど。私はあれこそが、真実、魔女なんだと思うわ」
ミラベルの言葉に、私は首をかしげた。
「私は、ああいうのが、人間なのだと思います」
私の言葉に、ミラベルもアイリス姉さまも目を丸くする。
そして、ミラベルが、ふ、と笑った。
「そうなのかもね」
私達の会話をかみしめるようにして、アイリス姉さまは口を閉ざしていた。





