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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第三章 広がる波紋
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第五次新皇居奪還任務 ①

 旧南あわじ市三原(いち)地区にある南あわじ警察署の駐車場には、南あわじ署と洲本署の機動隊員輸送車がズラリと並び、放水車・投光車・現場指揮車も車列に加わっている。


 旧南あわじ市市長と国生市三署の警察署長たちが会談を持った二日後の早急な招集だった。

 過日の新皇居建設に携わる工事関係者襲撃から一週間の間に、既に四度の機動隊動員が為された。しかし、皇居に立て籠もる少年二名に対して一個中隊二十四名を三度、第二機動隊を加えた特別編成の二個中隊五十名を向かわせたが、皇居の正門にすら到達できずに退却を余儀なくされた。


 退却の主な理由は、いくつかの手段を用いても隊員たちの前進が阻まれたことに加え、多数の負傷者が出たためだ。幸いにも負傷の度合いは軽度で、重いもので腕や足の骨折・肩や膝の脱臼・軽い脳震盪などなのだが、出動した隊員のうち半数以上が間接的な事象で負傷してしまっては任務を続けるわけにはいかなかった。


「……それが現実のこととは思えんな」

 南あわじ警察配備の機動隊指揮官中嶋護(なかじままもる)警視は、渋面を浮かべながら腕を組んでパイプ椅子の背もたれにもたれた。


 本来、機動隊の動員は大隊ないし中隊の規模で行われ、百二十名以上を束ねる指揮官は警視正が務める。しかしここでも新都国生市が遷都前である弊害が起こっていて、兵庫県警察から切り取られた淡路島には機動隊一個大隊が配備されたのだが、その内訳は国生警察・南あわじ署・洲本署の三署に一個中隊を置き、残りの一個中隊を第二機動隊として各署に分散配置させている。そういった特殊な配備のために指揮官も警視正ではなく警視が担っている。


「同感です。正門にすら辿り着けず退却とは、にわかには信じがたいですな」

 中嶋の隣に座る洲本警察配備の鈴木翔平(すずきしょうへい)警視も乾いた笑いをもらす。

「ですが、これが事実です。自分は四度も現場に立って、なす術なく傷付く部下達を見てきました。このような現実離れした抵抗には、たとえ人数を積んでも犠牲者が増えるだけだという懸念しかないくらいです」

「おいおい……」


 会議テーブルを挟んで中嶋と鈴木に悲壮な態度を見せる男は、国生警察仮設署に配備された機動隊一個中隊を預かる近藤太陽(こんどうたいよう)警視だ。

 四度にわたる皇居奪還任務のあらましを伝えた後に、信憑性を問われて立つ背がないとはいえ、だからといって数に頼っても無意味だと切り捨てたことを中嶋はたしなめた。


「近藤君の気持ちも分からなくはないが、これから行動しようという時にそういうことを言われても困るね」

 中嶋の顔色を伺いながら鈴木が近藤の発言を注意するが、どこか言葉には熱がこもっていない。

 この三人は階級こそ同じ警視だが、中嶋が年長で四十歳。少し離れて鈴木が三十四歳。鈴木の二つ下が近藤という年齢差で、これはそのまま国生警察の正式な配属の際の序列を顕している。とはいえ、事件解決の成績はあまり反映されないが、逆に失点が過剰に影響するのが出世街道というものだから、鈴木は良くも悪くも中嶋の進退と機嫌を気にするのだろう。


「いや、私や隊員達への気遣いをしてくれているのなら構わんよ。ただ、報告通りの異常事態が起こったとしても、そこで挫けてしまっては警察の威信や機動隊の誇りに関わる。成さねばならぬことから目を背けることは出来ん」

 中嶋の警察官らしい意識の高い言葉は力強く、彼のこれまでの警官人生が順風であったことを匂わせる。


 ここで一連の騒動の捜査担当刑事として近藤の隣に座っていた国生警察仮設署捜査一課の黒田刑事がおずおずと手を挙げた。

「お言葉ですが、先程も申し上げたようにこの一連の事件は、本当に特殊です。中島(ちゅうとう)病院では異形の怪物のような容姿で人外の運動能力だったと証言がありますし、貯水池での爆発は数キロ離れた地域まで爆発音が確認されています。皇居の工事に訪れた工事関係者は、ごく普通の少年が手も使わずにワゴン車を吹き飛ばしたと語っています。初動捜査を担当していた者として、信じられないことの連続なんです。もう、誇りや威信でどうこうなるレベルは超えているんです」

 叩き上げの刑事を自負する黒田だが、普段の粗野な言葉使いを抑えて静かに訴えた。

「噂では自衛隊の派遣を要請したと聞いたが?」

 鈴木が黒田を蔑むような目で聞いた。

 あからさまに黒田らの判断が間違っていると言わんばかりだ。

「仰る通りです。残念ながら柳本(やなもと)市長には早計だと拒否されましたが」

「……だろうね」

 勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべる鈴木にムッとした黒田は、間を開けずに言葉を足す。

「自衛隊の武力を持ってしても歯が立たないと思っているくらいですが、他に頼るところがありませんでしたから」

「なんだと!」

 黒田の言い樣に鈴木は即座に反応し、腕組みを解いて黒田を睨みつける。


 と、中嶋が手で制して口を開く。

「落ち着きたまえ。……つまり、それだけの危険度だと言いたいのだな?」

「そうです」

「遺憾ながら……」

 中嶋の確認に、黒田のみならず近藤も肯定したため、中嶋と鈴木は返す言葉を失った。

「無礼を承知で進言させていただきますと、無謀な突撃や強硬手段は避けるべきだと考えます。自分も威信や誇り、機動隊一個中隊を預かる責任のために、隊員達に無理をさせてしまいました。結果、死亡者は出ませんでしたが、多数の負傷者と志気の低下を招いてしまいました。自分の失態を繰り返さないためにも、強引な手段を控えて下さるようにお願いしたいのです」

 パイプ椅子に座したままだが近藤は会議テーブルに額がつくほどに頭を垂れ、中嶋の返答を待った。

 鈴木は中嶋の判断を待つように視線だけを向け黙って座っている。

「私からもお願いします。負傷者や死者を出さないように、ご采配いただきますように」

 近藤の嘆願に応えない中嶋を見て、堪えきれずに黒田も頭を下げて願い出た。


「……心に留め置こう」

 随分と間が空いてから中嶋が答えたが、その要旨は近藤と黒田の意見を聞き入れたようで全くすべてを是としているものではなかった。

 中嶋の返事を受けて(おもて)を上げた二人の顔には、やるせない表情が浮かんでいたがそれ以上の進言は控えた。

 千の言葉を費やしても真実が伝わらないのは仕方がないことだからだ。


 その後、中嶋と鈴木の預かる二個中隊が大日川ダム方面から皇居正面の位置に付き、近藤率いる第二機動隊を含んだ二個中隊が牛内ダム方面から山中を回り込む位置につくことを打ち合わせ、会議は終幕となった。

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