実神鷹 岡後舞魅 ―約束―
「即席ラーメンと本格ラーメンって、何か損した気分だなぁ」
「貸付には利子ってもんがあるんだよ。中学で習っただろ。俺んとこの利子率は70%だ」
「ぼったくり!と言いながらお前をぼっこぼこにしてやろうか?」
「最初だけ韻踏んだな」
「いちいち説明したら面白くないだろうが!」
某中華料理店での、僕と狩口との会話。僕の目の前には醤油ラーメン、狩口の前には豚骨大盛りトッピング全乗せラーメンが、それぞれ白い湯気を上げている。いつか狩口の家でご馳走になったラーメンのお返しをたった今返しているところ。
僕は義理は果たす主義なのだが、どうしてかいつも貰った恩を3倍返しくらいにしてる。故意ではない。何故かそうなってしまう。
「でさ、結局あれは何だったんだよ?やっぱりただの俺への嫌がらせか?バカップルの見せつけ行為か?ん?」
「ちげー。あれは………まあいいや。言っても信用しないだろ」
「そう言ってうまく誤魔化そうとするが、狩口には全てお見通しであった」
ナレーション風に狩口が口を動かす。僕は食事中に喋ると行儀が悪いと心得ているので、返事はしない。あ、もうラーメン無くなるぞ。
「すいませーん、餃子1人前追加でー」
「ちょ、お前、僕はもう払わないぞ」
「俺サイフ持ってないや。頼む、実神。今度2倍にして返すから」
あれこれあって、僕の財布からまた野口さんが一人居なくなったとさ。
ぱちーん!
擬音語とかじゃなく、リアルにそんな音が耳に響いた。そして頬が熱を持ち始める。殴られて頬を染めてると書くと僕がMみたいになるから、あえて曖昧な表現で手を打った。あ、ちなみにこのビンタ、初体験です。いや、僕もついに初体験か、なんて馬鹿な考えは排水溝にポイして。
「いってぇ………」「当たり前でしょ!痛くしてるんだから!」
僕と大して差がない身長のおかげで、姉ちゃんの右の平手打ちは僕の左頬にクリーンヒットした。きゅうしょにあたった!こうかはばつぐんだ!
「また勝手に消えて、連絡もよこさないで何やってたの!今日こそは言いなさい!お姉ちゃんを一人家に置いたまま誰と何処で何をしてたの!言わないなら」言いながら右手を構える姉ちゃん。マジ勘弁してくれ。
「ちょっと、彼女と………その、夜遊びを」ばちーん!「いってぇ………」
「叔父さんに鷹の情操教育のこと聞かれたからまさかと思ったけど、あんたやっぱり」
「待て、ストップ。別に彼女といやらしいことしたわけじゃないから!」
「いやらしいことって何よ!」
「…………………―――とか」往復ビンタをくらった。きゅうしょに以下略。
「姉ちゃんが手出してきたの初めてだよね」
さすがに顔が熱すぎるので、そろそろやめてもらわないと。火傷しかねない。
「たまには厳しくしないとね。で、何してたの………ってこれはもういい。次から夜遅くなるときは姉ちゃんに絶対に連絡すること。約束しなさい」
さっき散々殴ってきた右手の小指を僕に差し出してくる。僕は渋々(というのは表面だけで)右手の小指を立てて、姉ちゃんの小指と絡めた。ふと、懐かしい記憶が蘇った。
「こうやって約束したの何年ぶりかな?」「5年ぶりくらいかな」
どっちがどっちの言葉かどうかは、まあ想像にまかせる。誰のだよ。
「よっ、久しぶり。あーあっつ。ん、小金井のその格好見るの初めてだな」
「なっ、実神、な、なん、………」
今日の小金井は夏の暑さを忠実に受け取り、頬を真紅に染めている。何だか僕と会うときはいつも顔が赤いけど、多分たまたまなんだろう。なんちゃって。もうネタバレしてるからね。
バスケットボールを右腕と体で挟み、バスケ選手のお決まりのポーズを披露する小金井文香。たまにはフルネームで呼んでおかないとな。その体に纏っているのは、これまたお決まりの、バスケのユニフォーム、いわゆるランニング。運動のしやすさは抜群だろうけど、無駄に露出度高くないか?と中学の頃から思っていた。二の腕とかもろに出てるし。
「で、何でバスケ少女がこんなコートもゴールも無いところに居るんだ?」
「あ、あたしはボールが外に飛んでったから取りに来ただけ。実神は何でこんなとこに?」
「彼女待ってるんだ」
「彼女待ち?」「そう」
「彼女って、やっぱり岡後さん?」「そう」さっきのそうよりは抑揚をつけたつもりです。
「そっか………あは、そっかそっか。あはははは。ふふふふっ」
僕に背中を向けて笑い出した。僕は何も行動を起こさずに待ってみた。遠くでセミの鳴き声が聞こえた気がした。
「あたしさ」「…………………」
「実神のこと、好きだよ」「―――――っ!」
とまあ、驚いたのは表面だけだ。ごめんな小金井。それ、前から知ってた。でも口には出さない。僕は、お前と気まずくなるのは嫌だからな。いつの間にか、小金井がこちらを振り返っていた。その視線は僕を射止めて硬直させる。
「何で、いきなり」辛うじて動く唇が理由を問う。
「何か、今なら言える気がした、から、だから………」
「超能力か?」「さぁ」「返事は?」「欲しい」「答えが分かってても?」「そんな、こと、言わないで………」
小金井が目一杯に溜めた涙を零さないように頑張っている。それを見た僕は妙な記憶が瞼の裏側に映った。瞬きするたびにチラチラと視界に入ってくる。
「僕は、舞魅が好きなんだ。だから、小金井の気持ちには応えられない」
小金井からすれば辛辣な言葉だったんだろう、僕が言い終わった瞬間に、何かが決壊しそうになっていた。涙腺だけど。
「分かった。バイ――っ!?」
「言っとくけど、これは浮気じゃないからな」
「………何で」「もう、誰かが、僕の知り合いが泣く世界は嫌なんだよ」
僕は小金井を抱きしめて、溢れてきた涙を全部、受け止めた。制服で。決して地面には落とさない。涙が止まるまで、僕はずっと同じ体勢を維持していた。
「こんなとこ、誰かに見られたら、ダメ、実神が困るよ」
「じゃあ泣くな。泣かないでくれ」
これが今夏最後になるんだろう、8月も半ば、お盆に入ってるか否か、といった時期。僕はお盆が何日からかよく知らない。
さて、現在時刻は、19時ジャスト。あと30分で舞魅との約束を果たす時が来る。僕はそれまでに、できるだけいい形で約束を果たそうと、舞魅の手を取り移動する。舞魅は人ごみに困惑しながらも、しっかりと僕の後を追ってきた。勿論繋いだ手は離してない。
「どこ行くの?ここじゃダメなの?」
「んー、僕的にはダメかな。やっぱり場所って重要なんだよ。昔ミスってすごい損したことがあるしね。それに、舞魅へのプレゼントになるんだから、できるだけいいものにしたい」
「プレゼント?」
「付き合って1ヶ月記念日だから、プレゼント」
それからは少し恥ずかしくなったので目を逸らし、黙って手を引いた。確か携帯で調べた穴場は、お、あそこだ。さすが、穴場っていうだけあって人が少ない。知る人ぞ知る場所ってことだな、と感心した。
19時25分。よし、完璧だ。僕は携帯をパタンと閉じて、ポケットにしまう。大きく深呼吸して、新鮮な空気を取り入れる。舞魅が僕のマネをしていた。可愛い。つい、頭を撫でてしまった。もはや僕らの(というか僕の)愛情表現になってしまっていたらいいのに、と文法を多少おかしくしてみる。
「もうすぐだよ」
「××?」
舞魅が何か言ったけど、他の大きな音によって僕の鼓膜まで届かなかった。
「わぁぁああ!」
「おおおぉぉ」
夜空には色とりどりの大輪が咲いていた。
どんどんという破裂音が心に響き、まるで僕の心臓の鼓動を表しているようだった。
ちらっと横を見ると、舞魅は完全に見入っていた。その瞳に映る光を眺めて僕は楽しんだ。
きれいだな。
紛れもない、僕らの日常のひとかけらだった。
完結いたしました!
長い間お付き合いいただき、誠に嬉しく思います!
ありがとうございました!