卒業祝い/母の手記
よろしくお願いします。
アレクサンドリアとその夫は、古城の庭にいた。
古びた城の前に、生命力溢れる草花が咲き誇り、美しい光景が広がっている。
二人はその中に白いテーブルを置き、暖かい紅茶を飲んでいた。
「貴方の淹れてくれた紅茶は、美味しいです。」
「そう?喜んでくれて嬉しいよ。」
魔法で出した紅茶よりも、何故か夫が淹れてくれた紅茶の方が美味しかった。だから、卒業のお祝いにおねだりした。
玄関ホールで抱きしめたのだけではお祝いにはならないと夫に言われたため、改めてリクエストしたのだ。
庭には、カサンドラがいた頃から雇われている庭師の女性が、草花の剪定を行っていた。
庭など、魔法でどうとでもなるのだが、この庭師はどこかカサンドラと気が合ったようで、特別に雇い入れられていた。
カサンドラが居なくなってからも、何かと世話を焼いてくれるこの庭師のおばちゃんに、若夫婦二人も懐いていた。
夫は庭師に、今日淹れる紅茶の香りとよく合う花を咲かせて欲しいと頼んでいた。妻が快適に過ごせる最高の条件を整える為に彼は日夜努力しているのだが、妻はそのことは知らない。
知らずとも、穏やかな日々を最愛の人と過ごせることに感謝しながら、美味しい紅茶を飲んでいた。
庭師のハサミの音を聞きながら、二人は目の前に置かれたカサンドラの手記について話し合った。
「つまり、お師匠様は生きていた。そういうことだよね。」
“――貴方は生きなさい。私は、別の世界で生きるから。”
手記の最後にはこう書いてあった。
この、『別の世界』と言うのは、あの世ではない。その字の通り、違う世界でカサンドラは生きているというのだ。
夫をなくしてから、カサンドラは確かにおかしくなっていった。
しかし、手記を通してわかったことがある。
カサンドラは、「何故貴方は逝ってしまったの」と呟いていた。それは夫の死を嘆いていたのではなく、夫の死を分析していたから。愛しい娘を守るために。
カサンドラは、「これがあれば貴方は死ななかった。」と、死んだあとなのに御守を集めた。それは夫の死を受け入れられなかったのではなく、娘を守る御守だった。
カサンドラは、とうとう娘の目を見られなくなった。「あなたはお父さんとよく似ている」と呟いて。それは亡き夫を思い出して辛いのではなかった。愛しい娘に亡くなった者の顔を重ねたくなかったから。
「…結局、娘を溺愛し過ぎたがゆえの奇行だったという訳か。」
「何でお母さんはこんな紛らわしいことをしたんでしょうか。私が死なないようにするために旅をしていると言ってくれたらよかったと思うのです。」
生きていることがわかったのは嬉しい。しかし、母親が旅の途中一言でもアレクサンドリアを守るために旅をしていると言ってくれたら、道中も寂しい思いをせずに済んでいたはずだ。
そう言った時、ちょうど後ろに来ていた庭師が口を挟んだ。
「そんなこともわからないのかい?あんたたちは。
愛娘が死ぬかもなんて、そんな縁起の悪いこと軽々しく口にできるもんかい。ましてはカサンドラは魔女だ。その言葉にどんな魔力がのるかわからないからね! 」
突然そう言われて二人は目を白黒させる。
「それが子を思う親の心ってやつさ!」
庭師は、総満足そうに言い捨てて、また草花の剪定作業に戻っていった。
第三者からの方がよくわかることもある。二人は、なるほどと言いながら、目を見合わせて苦笑した。
きっとこの庭師を残したのも、若い二人を見守る人をそばにおいておきたいという、子を思う親の心のひとつなのだろう。
「おばちゃんはお師匠様とどこか似ているよね。」
そう言ってまた二人は笑った。
「そして、お師匠様は別の世界で生きている。」
気を取り直して、二人は手帳の考察に戻る。
「何となくそうだと思っていました。」
アレクサンドリアがそう言う。
「お師匠様が生きているって、気づいてたの?」
「はい。はっきりとではありませんが。」
「だから、アレクサンドリアは、いつもお師匠様のことを話すとき、過去形にしなかったんだね。」
アレクサンドリアはいつも、現在形で母親の話をしていた。
「そう言えばそうですね。でも、生きているのがはっきりしてホッとしました。」
「そうだね」そう言いながら、夫は妻の髪をそっと撫でた。
「そして、ここに書いてある水晶の話。アレクサンドリアも前に話していたよね。これがあれば、別の世界で生きるお師匠様と話ができるということかな。」
彼は手帳を指し示す。
「そういうことですね。」
今までもう二度と会えないと思っていた母親と、会話だけでもできる。そう思ったアレクサンドリアは、静かに手帳を見つめていた。その表情は穏やかなままだが、見るものが見るととても喜んでいるのがわかる表情だった。
「もう一つの謎は、何故お師匠様は自分が別の世界で生きていくつもりだと伝えなかったか、だね。」
「ああ、意外とそれは簡単かもしれません。」
「簡単?」
「そうです。お母さんは、自分が死ぬつもりなんてさらさらなかった。発想すらしなかったから、言ってなかったんだと思います。」
「ああ。あのお師匠様ならそれもそうかもね。」
「水晶の話をしたのも、自分と交信する前提で話していたのでしょうね。」
それからアレクサンドリアは早速、「水晶作りに早速取り掛かります。」と言って部屋にこもり数日のうちに作り上げた。そして母親との交信に成功した。
夫を亡くし、さらに娘を失くすのを恐れて、娘を守るために我が身を投げ出して別の世界へ行ってしまったカサンドラ。
父を亡くし母も失ってひとりで放浪の旅を続けたアレクサンドリア。
こうして最強の魔女カサンドラから、最高に重たい愛情を注がれたアレクサンドリアは、儚げな外見とは裏腹に、逞しく生きてきた。
稀有な環境で生き抜いた彼女はきっと偉業を成し遂げることだろうと、密かに夫が思っているとは露知らず、アレクサンドリアは異世界の母親との遠距離通話をたまにしながら、穏やかな日常を送るのであった。
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