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十九話 いただきバックストリート

 この日、飛鳥が向かったのは王都の商業区だった。

 露店の並ぶ市場とは異なり、でんと一戸建ての店舗が立ち並ぶエリアである。


 目的は二つ。


 一つは、先日バッツたちから受け取ったワイバーンの鱗を換金するため。


 シアが来てくれたのは有難いのだが、食費や滞在費は単純計算で倍になる。

 それに、盗賊ギルドの情報料も、継続的に活用すれば馬鹿にならないだろう。


 かといって、別に仕事を受けているような時間的余裕はない。

 なので、路銀は出来る限り大目に持っておきたかった。


 もう一つは、『ヴェルダー』の情報の聞き込みだ。


 TRPG時代、物の売買はゲームマスターである飛鳥が管理していた。

 ゲームバランスや世界観的におかしくなければ――例えば、超高品質な魔剣が一介の武器屋なんかに売っているはずがない――、要求に応じてプレイヤーシートの所持金を削り、品物を与えるという形式である。


 だから、彼らの持ち物はある程度把握できていた。

 記憶によれば、『ヴェルダー』の面々はクエストに出るとき商品を一気に買い込むスタイルを送っていて、転移した時点では日用品を殆ど所持していなかったはず。


 現実となった『ルフェリア』で生活する以上、衣食住で何かと物入りになるのは間違いない。

 誰が、何を、いつ買って行ったか。

 少しでも聞きだせれば足取りを追う手がかりとなる。


 市場ではなく商業区で聞き込みを行うのも上記の二点と関係している。

 ワイバーンの鱗はそこそこ高額で枚数も多いため、露店で査定してもらうには目につきすぎること。

 日に日に入れ替わる露店より、長期的に営業している店舗の方が情報の信頼性が高いこと。

 以上だ。


 問題は彼らがどの店を利用したのか、てんで見当がつかないこと。

 前述のとおり、TRPG時代は飛鳥のゲームマスターとしてのスタイルもあって店という概念がなかった。


 NPCとして、贔屓の店を出していれば話は変わったかもしれないが――今となっては後の祭りである。


 ――兎も角、シアが戻ってくるまで出来る限りのことをしよう。


 飛鳥は手当たり次第でも行動するべきだと考え、目についた適当な店へと足を運んだ。





 飛鳥が入店すると、道具屋の店主が口元を歪めた。

 今の彼女は、シアが持ってきた新しい服に着替えているため随分と身なりがいい。

 もしかすると、金の気配を感じ取ったのかもしれない。


 あながち間違いではないと心の中で考えながら、飛鳥は懐から鱗を一枚だけ取り出して提示した。


「あの、この翼竜の鱗を売りたいんですが、買い取っていただけませんか?」


 飛鳥は話しながら机にことりと置くと、店主は目を瞬かせる。


「……どこでこれを?」

「そうですね……ある方からお譲り頂きまして」


 嘘はついていない。


 ワイバーンを狩ったのは紛れもなく飛鳥だが、一端、バッツに譲ったのは事実。

 それが再度譲渡されただけのこと。 


 ――本当のことを言っても、疑われた場合に説明するのも面倒だし、そもそも信じてもらえるかもわからないし。


「このぐらいなら出せるけどねえ」


 それに、相手の出方を窺うには十分だ。

 店主が提示した金額は、お世辞にも適正価格とは言い難い。

 むしろ、ゲーム中の相場の随分と下。


 需要と供給で価格は変動するものだが、それにしても差が激しく、相手が価値を知らないのならふんだくってやろうという意思がありありと感じられる。

 商売人としては正しいのかもしれないが、買い取りを希望する側としては良い気分ではない。


 だが、それを表に出さないよう心がけ、飛鳥は質問をぶつける。


「ついでにお尋ねしたいのですが……」


 彼女が問うたのは、『ヴェルダー』について。

 それと、一応不審な人物を見かけなかったかどうか。


「いや、うちにはそんな高名な人は来てないね。それに、変な連中ってのも心当たりはないな」


 あえなく首を振る店主。

 金づるを前にすれば口が緩むものだろうに、一切の素振りがないということは本当に知らないということか。


「……そうですか。なら、買い取りも結構です。ありがとうございました」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 飛鳥はぺこりと頭を下げ、制止を待たずに店を後にした。





 案の定というか、最初に向かった店は空振りという残念な結果に終わった。

 とはいえ、飛鳥もいきなり当たりを引き当てるほどの幸運を期待したわけではない。


 捜査の基本は足。

 元の世界ではよく聞いた言葉だ。

 その点に関してはTRPGでも変わらない。


 飛鳥は商業区を歩きまわっていく。

 選り好みしていて情報を逃したくはないので、殆ど手当たり次第といっていい。

 買い取り額が多少低くとも、情報を提供してもらえれば鱗を手放すのは吝かではない。


 こうして、昼過ぎになったころ。

 すでに手持ちの鱗は一枚だけになっている。

 だが、おかげでかなり懐は潤ったし、幾つかの情報を得ることが出来た。


 さしあたって気になったのは、シグルド――要するに真一――についてか。

 あの日以降、彼は人が変わったかのよう(・・・・・・・・・・)になってしまったという。


 仕事をせずに街中をぶらつく毎日。

 その上、路地裏やスラムなどの治安のよろしくない場所に入り浸っているのだとか。


 かつての仲間たちと行動を共にしている様子もない。

 いや、ここ数日仲間を見かけた者はいないというのが正しいか。

 よって、最初は噂でしかなかった喧嘩別れについても、今では確定事項のように扱われているらしい。


 一体、何があったのかと飛鳥は酷く不安になってきた。


 姿を見せないという健斗と美紀に関しても気になるのは事実だが……。

 彼らが二人で行動している可能性は高く、それならまだマシだろう。


 ――路地裏にスラム、か。元の世界の自分ならまずいかなかったところだけど。


 どれだけ謗られようと、何があったのかだけは聞かなければならない。

 飛鳥は背負った剣を改めて確認すると、鱗と代金を胸元に入れ、路地裏へと足を踏み入れた。

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