十八話 今日の食卓
「……ふぅ」
シアに強引に着替えさせられた後、飛鳥は食堂に向かった。
そして、朝食を食べ終えるとすぐさま自分の部屋に戻り、ベッドに腰掛けて大きくため息をつく。
食事は――飛鳥基準でいえば――まあまあ美味しかった。
値段を考えればこんなものだろうし、不満は殆どない。
だが、それ以上にどっと疲れが湧いてくる。
まだ一日は始まったばかりだというのに、今にも倒れ込んでしまいそうだ。
いや、もう倒れ込んでしまいたい。
そうするべきだ。
「お行儀が悪いですよ、お嬢様」
実行しようとしたところ、叱責が飛んだ。
「あ……、うん……じゃなくて、ええ」
飛鳥が疲れ果てている原因。
それは、目の前にいる小さな少女――シアである。
彼女がいる限り演技を続けなければならない。
これは、中々の労力を要する。
だが、それもほんの序の口。
彼女は食事中、飛鳥の横で直立不動を貫き続け、一瞬たりとも席に着くことはなかった。
何故そんなことをするのかといえば、飛鳥――いや、イナンナの世話を焼くためだ。
少しでも口元が汚れていればナプキンで拭おうとするし、食器を取り落せばどこからともなく別のものを用意する。
そして、その度に良く通る鈴のような声で「お嬢様」と呼びかけるのだから、衆目を集めてしまうのは当然のことだった。
今朝の食堂は、いわば針のむしろ。
飛鳥としては、逃げ出さなかった自分を褒めてやりたいぐらいの心境である。
それに、年下の少女を立たせておきながら自分だけ食事を取るというのは、お世辞にも気分が良いものではない。
まるで、いじめでもしているような――。
思い返してみれば、客の中には非難がましい視線を飛鳥に向ける者もいた気がする。
こんな状況が何日も続いてしまえば気が休まらない。
よって、飛鳥は心の平穏を守るためにも苦言を呈することにした。
「……シア、私は一人でもちゃんとご飯ぐらい食べられるんだから、あんまり構わないで欲しいの」
「構わない、でしょうか……?」
きょとんとしながら、可愛らしく 小首をかしげるシア。
その姿は小動物を思わせる。
しかし、飛鳥は此処で退くわけにもいかず、動じずに言葉を紡いでいく。
「ええ。少なくとも神殿の外に出ている間、私に過剰なお世話は必要ないよ」
過剰という単語を使ったのは、飛鳥には女性としての常識が欠如しているからだ。
例を挙げるなら、髪の毛のセット。
今の飛鳥の髪型は、初めてシアに会ったときに結ってもらったのと同じで、軽くS字がかったサイドテールである。
馬車旅の間、彼女は何度も自分で整えようとしたのだが、どうにも綺麗にはならなかった。
毛先がばらばらになってしまったり、片方に歪んでしまったり。
見かねたミリーに手伝ってもらったのは一度や二度ではない。
イナンナの体は、元がいいだけにみすぼらしい格好をしているだけで酷く居たたまれなく見える。
都合がいい考えかもしれないが、そのあたりのお世話だけはして欲しかった。
「ですが、私の仕事はお嬢様の身の回りの――」
「それはわかるけど、今の私たちにとって、目立つのは得策ではないでしょう?」
シアが不服げに頬を膨らませると、理解しているとばかりに飛鳥は歩み寄る。
彼女と言葉を交わすのはまだ数回にも満たないが、シアに意見を通す場合、ある程度の論拠が必要だと理解していた。
――どうせなら、「お嬢様」呼びも止めてほしいけど。
怪しまれないよう言い出せなかったが、飛鳥としては「お嬢様」なんて呼ばれるのはこそばゆい。
だが、それには何らかのブレイクスルーが必要だろう。
「確かに、それはそうでございますが……」
「なら、少しだけ私の言うことを守ってほしいの。まずは、食事を取るときには一緒に食べる。今のシアは私の同行者であって、侍従じゃない。これは怪しまれないためにも大事なこと。……いい?」
予想通り、効果は覿面だったらしい。
飛鳥が念を押せば――あくまで渋々とだが――シアはこくりと頷いた。
そんな少女の姿を見て、飛鳥はひとまず満足げな笑みを浮かべるのだった。
◆
その後、今日一日の予定を立てることになったのだが、シアは情報収集のために盗賊ギルドに向かうと言い出した。
飛鳥もシアにお願いするつもりだったので、意見の一致を見たのは幸いである。
……と、ここまでは良かったのだが。
「じゃあ、行きましょうか」
「……まさか、お嬢様もご一緒に?」
シアは怪訝な声。
「勿論、そのつもりだけど?」
盗賊ギルドというのは、裏社会をある程度合法的に纏め上げた存在である。
本職とはいえ、まさか幼い少女一人を送り出すわけにもいかないだろう。
気休めかもしれないが、飛鳥は自分も同行するべきだと考えていた。
「私が一人で参ります。どうか、お嬢様はこの部屋でおくつろぎください」
しかし、シアが難色を示す。
曰く、下手に表の人間が一緒にいるとギルド側が情報を渋るのだとか。
「……だけど、シア一人だけでは心配だし」
「まさか、お嬢様は私がごろつきに後れを取るとお考えなのでしょうか」
今度はこちらが正論を言われる番。
不服そうに言われてしまえば飛鳥は引き下がるしかない。
事実、シアは高レベルの暗殺者なのだ。
もし悪漢に絡まれたとしても、命が危ぶまれるのは向こうの方。
暗殺者というのは、痛みもなく殺すのにも、最大限の苦痛を与えるのにも、両方に長けている。
「それに、お嬢様の美貌に良からぬことを考える不届きものが現れないとも限りません」
……とはいえ、最後にこう付け足した辺り、そちらが本音なのかと邪推してしまいそうになったが。
さて、シアがいなくなった途端、飛鳥はやることがなくなってしまった。
前述のとおり、イナンナというキャラクターには探索スキルが備わっていない。
よって、バイモン教徒を単独で探すのはほぼ不可能に近いのだ。
「……なら、聞き込みに行こうかな」
演技を解き、一言。
バイモン教徒に関しては難しくても、『ヴェルダー』についてなら何か知っている者は多いはず。
飛鳥はそう考え、外套を羽織るといそいそと支度をし始めた。




