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十七話 HIRAKINAORI

「ん……」


 翌朝。

 飛鳥は、窓から差し込む朝日と小鳥の歌声に促されて目を覚ました。


 ――もう朝、か。


 ここ数日の間、野宿ばかりだったせいで身体に疲れが溜まっていたらしい。

 ベッドで寝たのは本当に久しぶりのことで、おかげでぐっすりとよく眠れたようだった。


 半ば夢うつつに分析するのだが、それでも柔らかな布団がどうしようもなく心地いい。

 次第に、もう少しだけこのまま現実と夢の狭間で微睡んでいたい……という欲が湧いてきた。


 ――でも、ゆっくり寝ている余裕なんてないんだし、早く起きなきゃ。


 昨日は王都に着いたばかりとはいえ、何の収穫も得られなかった。

 バイモンの復活まで残り十日しかないのだ。

 甘えた心に鞭を打って起き上がる。


 寝起きでぼんやりとしていた思考が、柔らかな光に当たっているだけで覚醒していく。

 すでに数日経っているというのに今更な話だが、異世界といえど人間の身体のつくりは――例え邪神を宿していたとしても――変わらないらしい。


「ふぁぁあ……」


 伸びをすれば爽やかな風(・・・・・)が、頬を撫で自然と欠伸が漏れ出る。


「……ん?」


 と、ここで飛鳥は何かがおかしいことに気が付いた。


 ――なんで、こんなに明るいんだろう。


 この部屋のカーテンはかなり分厚い布地であり、日光を通すなど到底有り得ない。

 いや、カーテンだけならまだ良かった。

 風が入ってくるということは、窓が開け放たれていることに他ならないのだ。


 今の飛鳥は女の一人旅。

 その上――認めたくはないが――真紅の長髪が目を引く美少女なのである。


 よって、暴漢に寝込みを襲われる危険性は考慮し、きちんと戸締りはしておいたはず。


 急速に眠りから覚め――もう遅い気はするが――襲撃に備える体制をとる。


「おはようございます。お嬢様。お目覚めになられましたか?」

「……え?」


 すると、挨拶がかけられた。

 まだ幼女といってもいいくらい甘ったるく幼い声。

 それが思い起こさせるのは、いつぞやに少しだけ似たシチュエーション。


「シ、シア……!」


 壁に待機していたのは、メイド服を思わせる黒を基調にした衣服の少女である。

 彼女は飛鳥と目を合わせると、口角を上げてこう言った。


「お嬢様をお探しするのには骨が折れましたよ?」


 ……どうやら、彼女は飛鳥を追いかけて王都までやってきたらしかった。





「……どうしてここが?」


 絞り出すような声で飛鳥が問うた。


「お嬢様のことですので、お一人で王都に向かわれることは予想しておりました。まさか、このような下賤な宿に宿泊されているとは夢にも思いませんでしたが」


 一方、シアは直立不動のまま微笑みを崩さない。


 飛鳥がシアの不意を突き、神殿から逃げ出したのは数日前のこと。

 あのやり取りで、彼女の主人――要するに、中身が飛鳥のイナンナだ――がシアへと敵意を向けていることは明確に伝わったに違いない。

 そのため、次に出会えば敵対は避けられないと飛鳥は考えていた。


 立場を考えれば殺されはしないだろうが、連れ戻される可能性は非常に高いだろう。


「何をしに来たの?」


 ――訊くまでもないだろうけど。


 飛鳥は薄手の寝間着姿ではあるが、決して無防備というわけではない。

 枕元に忍ばせておいた短刀へと手を伸ばし、その上でいつでも目くらまし程度の呪文は唱えられる構えを取る。


 一触即発。

 そんな体勢で彼女は飛鳥はシアの一挙一動に注目するのだが――


「勿論、お嬢様のお手伝いをするためです」


 あっけらかんと答えるシア。


「お嬢様は、意外と義理堅い性格をしておられますので。責任を感じ、再度王都へと向かわれたのでしょう?」

「……責任?」


 拍子抜けしたこともあり、飛鳥は呆然と鸚鵡返しにしてしまう。


「はい。冒険者を利用する策を考えられたのはお嬢様ですから。不肖ではありますが、このシア、お嬢様の考えは充分に理解しているつもりです」


 両者にとってあまりに都合のいい解釈ではないだろうか。

 飛鳥は思わずツッコミを入れてしまいそうになるのを、寸でのところで抑えた。


 もし、連れ戻すつもりなら、それこそ寝ている間に簀巻きにでもすればいいわけで。

 そうしないということは、協力するというのは紛れもない真実のようだ。


 ならば、今さらではあるが飛鳥もイナンナの演技を続ける必要がある。


「こほん……。つまりは、怒っていないということなの?」

「勿論でございます。お目付けから逃れることに味を占め、伸び伸びと物見遊山を満喫したかったのではないか……などとは夢にも思っておりません。……それに、【催眠(スリープ)】をかけられることは一度や二度ではありませんので」

「そ、そう……」


 ――あ、これ怒ってるな。


 どうやら、そちらが本音らしい。

 厭味ったらしい言い方ではあるが、先ほどの解釈は、表向きそうしておこう……ということか。


 飛鳥はそう理解して、はにかむことで誤魔化した。


 それに、シアが駆けつけたのは決して悪いことばかりではないのだ。


 暗殺者(アサシン)は盗賊の上級職。

 盗賊ギルドに顔が効くのは勿論、彼女は様々な索敵スキルを有している。


 例えば、『目星』スキル。

 不審な人物を感覚で察するものなのだが、取得しているか否かで大きく難易度は変化するだろう。


 一転して光明が見えてきた。

 飛鳥はシアをじっと見つめると、先ほどの警戒はどこへやら、不敵に笑う。


「……なら、協力してもらってもいい?」

「勿論でございます。……では、まずは御髪を整えてから、お召し物を変えさせて頂きますね」

「……え?」


 もっとも、その表情は長くは続かず、すぐに崩されるのだが。

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