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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第二幕「そして僕と僕が生まれた」

 白い霧の中にいた。


 ぼんやりとした流れの上に、僕は身を横たえてゆったりとただよっていた。


 どこから流れてきたかも知れず、どこへと流れていくかも知れなかった。


 身体に痛みはなく、傷もなかった。


 ついでにいうと身体もなかった。


 僕は白くて丸い何かになって、白くて穏やかな霧の川を流れているのだ。


 目も、耳も、鼻も、口も、肌もないにも関わらず、僕は僕を乗せる霧のやわらかさを感じることができたし、風の音を聞くことも、香りたつミルクの匂いをかぐこともできた。


 なにより、周囲の光景を眺めることができた。


 五感をつかさどる全ての器官を失ったはずなのに、僕に不自由はなかった。


 僕はただ黙って流されることにした。


 正直、あの腕が突き出た乗用車の人や僕を跳ね飛ばしたトラックの運転手に申し訳ないという気持ちはあった。


 罪悪感はたしかに僕の中に存在していた。


 それでも、僕はこのまま流されてしまいたかった。


 もう何もかもに疲れていた。


 霧の川を下っていくと、やがて大きなガラスの塔が見えてきた。


 本当にガラス製かはわからない。


 単に全部が全部透明だったから、そんな風に思っただけだ。


 近付いてみると、塔はほんの一角で、それは巨大な王宮であることがわかった。


 いや、これも本当に王宮かはわからない。


 なんとなく映画に出てくる西洋の城に似ていたからそう思っただけのことだ。


 霧の川は、そのガラス製っぽくて王宮っぽい場所にそそぎ込まれていた。


 白くて丸いなにかになった僕も、霧の川と一緒にそこに入った。


 見上げれば首が痛くなりそうな高い門、舞踏会が開けそうなくらいスペースのある広間、両腕を回しても絶対に届かないであろう太い柱、それら全てが透明で、向こう側がはっきり見えた。


 まあ、もちろんいまの僕には首もなければ腰もなく、腕だってないから確かめようがない。


 この感想にしたってなんとなくだ。


 なんとなく流されて、なんとなく考えて、なんとなく想像している。


 思えば僕は、身体があったときからなんとなくだったな。


 なんとなく良い高校に入って、なんとなく良い大学に入って、なんとなくそれらしい卒論を書いて、なんとなく良さげな会社に入って、そして手酷く失敗したわけだ。


 もし僕がなんとなくじゃなかったら、僕の人生はうまくいっていたんだろうか。


 もっと必死にがんばれば、もっと真剣に考えていれば、たしかになにかが変わったのだろうか。


 いまとなっては手遅れだけど、だったらなんとなくじゃなく生きてみたかったな。


 そんなことを考える間にも、僕は流されていた。


 死んでまで流されっぱなしだ。いやになるね、まったく。


 やがて霧の川は唐突に途切れた。


 大きな椅子のある広い部屋だった


 もちろんその部屋も透明で、ど真ん中に「ででん!」と据えつけられた椅子もやっぱり透明だった。


 その透明な椅子に男が一人、腰かけていた。


 若い男だった。


 灰色の髪を目が隠れる程度に伸ばしていて、ぴっちりとした白い詰襟のような服を着ていた。


 ぱっと見には白い学ランのようだけれど、裾が膝まで伸びていて、それがドレスのスカートみたいにふんわりとふくらんでいる。


 妙ちきりんなかっこうだなぁとか思っていると、男はいきなりこちらを見た。


 だいたい中学生、いっても高校生くらいの顔立ちだった。


 アゴから頬にかけてのラインがしゅっとしていて、目元はそれに反してやわらかい。


 女の子といっても通るんじゃないかって感じの中性的なイケメンだ。


 男は白くて丸い何かになった僕に対して、まるで迎え入れるみたいに手を伸ばしてきた。


「よく来た、我が分身……」


 外見に似合わない渋い声だった。


――あの、ここはどこなのですか?


 口も無いのに僕はたずねていた。


 どういうわけだか声が出て、相手もそれをちゃんと聞き取ったらしい。


 男は僕をいたわるように見て、優しく微笑した。


「ここは聖都・ヒラニプラの王宮。わたしはこの王宮の主人にして、君の世界・ヴィルクリヒカイトの隣にある世界・ヴィズィオーンの神、ラ・ムーだ」


――ヴィズィオーン? ラ・ムー?


「ははは。いきなりすぎたかな? 順を追って説明しよう」


 男はそういって、ふわりと椅子の上に浮きあがった。


「この世界・ヴィズィオーンは、君たちのいうところの剣と魔法の世界だ。人々は中世の生活様式と文化に囲まれ、人以外の亜人、エルフとかドワーフとかワーウルフとかいった連中や、迷宮から発生するスライムやンサバブンデといった魔物たちとうまく折り合いをつけながら共存している」


――はぁ。ところで「ンサバブンデ」ってなんですか?


「そこは重要じゃないから説明を進めるよ」


 僕の質問はやんわりと却下された。


 そんなこといったって気になるじゃないか。


「ンサバブンデ」ってなんなのさ?


「これまで、わたしたちはとても平和にやっていたんだ。君のところの世界みたいに技術革新とか産業革命とかいったものはなかったけれど、その分、みんな仲良く、ゆったりまったりやっていたんだよ。それなのに、君の世界の住民がつまらない欲を出してきたんだ」


――質問には答えてくれないんですね?


「まあ、この話が終わったら教えてあげるから」


――本当ですか!?


「食いつきいいねぇ。そんなに気になるかい、ンサバブンデ?」


――ええ、とっても!


「じゃあ、後でじっくり時間をとろう。えと、どこまで話したっけかな?」


――僕の世界の人が欲を出してきたってところまでです、神様。


「ああ、そうだった。そうなんだ、君の世界の住人が迷惑なやつでね。もちろん、君たち全員じゃないよ。わたしが言ってるのはたった一人のことさ。鬼謀(きぼう)っていってね、とにかく嫌な奴なんだ。人の邪魔をしたり、罠をしかけたり、騙したり、殺しちゃったり、そんなひどいことばかりするやつなんだよ」


――へえ、犯罪組織の人間かな? 悪いやつですね。


「そうだよ、悪いやつなんだよ! そいつがこんどは何やろうとしてると思う!? なんとわたしが昔この世界から追い出した邪神と組んで侵略戦争しかけてこようとしてるんだよ! 最悪だと思わない!?」


――えっと、はい、ひどいと思います。


 でもそこまでヒートアップされるとちょっとひいちゃうな。


 神様の方も僕の気持ちを察したのか、「こほん!」と咳払いすると、またゆったりした調子で話し出した。


「あいつらはね、自分たちが選んだ人間にわたしの能力とか権限とかを全部引き渡せって言ってきてるんだよ。承知しなかったらこの世界ごと攻め滅ぼすつもりなんだ」


 神様はそういって「ぱちん!」と顔の横で指を鳴らした。


 すると透明だった部屋の中に次々とこの世界・ヴィズィオーンの光景が映し出された。


 広い草原でたわむれる一角獣、海原を、潮をふきながら泳ぐプレシオサウルス、空をゆっくりと飛翔するグリフォンの群れ。


 とても綺麗で、雄大な景色がガラスの王宮の中でいくつもいくつも広がっていく。


「美しいと思わないかい? これこそわたしが一から作り上げた理想の世界だよ。そんな世界を、何も知らないよその世界からきた代理人においそれと譲れるわけないだろう?」


――本当に、綺麗だと思います。神様の言ってることも、その通りだと思います。


「ありがとう。君がそういってくれてわたしは本当にうれしいよ」


――でも、そのお話と僕と、なんの関わりがあるんでしょう?


「うん、それなんだけどね、君、チート能力あげるから、鬼謀が送り込んできたスパイをわたしの代わりにぶっ飛ばしてきてくれない?」


――へ?


「だっからさ、ナウでヤングでハイパーなメチャ強パワーつけて転生させてあげるからさ、わたしの代わりにこの世界を救ってほしいんだ」


――えええええ!?


「いいじゃんいいじゃん、ユー、世界救っちゃいなよ☆」


――で、でも、僕、元の世界じゃなにもできないで死んじゃったんですけど。


「そういう君だからこそわたしの分身にふさわしいんじゃないか。聞いたよ。死ぬ瞬間『どちくしょうが』ってつぶやいてたでしょ? 後悔があるんでしょ? だったらこの世界でそれを晴らしちゃえばいいんだよ。なんたって、こんどはこのわたし、神賢王ラ・ムーがついてるんだよ? 神様にコネがある人生なんだよ? なんだってやりたい放題さ!」


――な、なんだって……。


「なんだってさ。わたしは鬼謀のスパイをぎゃふんといわせてくれたら、後は何もいうことはない。君の好きにしてくれていいんだ」


 なんてうさんくさい話なんだろう。


 そのくせ、なんて魅力的な話なんだろう。


 元の世界であんなにも失敗つづきだった僕に、まさかこんな幸運がめぐって来るなんて。


 もしかして騙されてるんじゃないか?

 

 いや、でも、だったらそれでもいいじゃないか。


 転生させてくれるっていってるんだ。


 もう一回、人生をやり直させてくれるっていってるんだ。


 悔し泣きで終わったあの最悪の結末を、幸福で上書きしてくれるっていってるんだ。


 だったら、迷うことないじゃないか。


――やります神様! 僕、やってやるデス!!


「オーケー、オーケー、そう言ってくれると信じてたよ。じゃあ、さっそくステータス決めから始めようか」


――ステータスですか?


「そりゃ、剣と魔法の世界だもん。ステータス決めなきゃ始まらないでしょ?」


――でも僕、あんまRPGとか詳しくないんですけど……。


「いいんだよ、そんなの適当で。細かいところはわたしがやってあげるからさ。何かこういうのがいいってのあったら言ってごらん。なんでも叶えちゃうよ~♪」


――じ、じゃあ、すごく恥ずかしいんですけど、あの、お金持ちになりたいです。取引先にぺこぺこしなくていいくらい。


「あははは。営業マンっぽい願いだね。いいよ。この世界で一番の金持ちで偉いお家の子どもにしてあげよう」


――ほ、本当ですか!? やったー!!


「それだけでいいのかい?」


――もっといっていいんですか?


「うん、もちろん」


――それじゃ、すごいモテモテになりたいです。年がら年中モテ期みたいな!


「モテるだけでいいの?」


――え?


「ハーレムいらない? 一応、用意してるんだけど」


――い、いります! 是非とも!!


「はいはい、ハーレム有りと。魔法とか剣の腕とかはいいの?」


――え、ああ、じゃあ、その辺、適当にお願いします。


「いきなりテンション下げるねぇ。正直だなぁ、君。うん、わかった。じゃあ、魔力はもう人間の限界のそのまた限界超えちゃうくらい上げよう。運動神経もよくして、剣の腕は技術だからね、最高の師匠をつけてあげよう」


――あ、教師!


「ん? どうした?」


――あの、美人の家庭教師ってできますか? ハーレムの一員に。


「おやおや、そういう趣味かい? いいよ~、なら学問の先生にとびきりの美人を入れとこう」


――うっひょーいっ!


「君、本当にそういう方面では正直だね」


――あ、すいません。世界を救うかどうかって話なのに。


「いいっていいって、こういうのは楽しんだもの勝ちだからね。じゃあ、金持ちでイケメンで魔力が化け物クラスで運動神経がバツグンでゆくゆくは剣の達人になって金髪エルフの家庭教師がいるハーレムの主人になるでいいんだね?」


――き、金髪エルフ!?


「あれ? 嫌だった?」


――さ、最高です!!


「なら、だいたいこんなとこかな。あ、一応、属性も決めておこうか。火と風と土と雷と水の五種類から一個、シャレにならないくらい強くなる属性を選べるけどどれがいい? まあ、君の場合、放っておいても全部チート級になるんだけど、必殺技みたいなのほしいでしょ?」


――五種類から一個ですか。それじゃ、風でお願いします。


「へえ、風がいいんだ。なにか理由あるの?」


――昔みた漫画の主人公がだいたい風の必殺技使ってたので。


「ああ、多いもんね、空気の塊ぶつけたり、風で切り裂いたり。……よし、じゃあ、こんなものかな。では早速、行ってもらいましょう!」


――あ、ンサバブンデって……。


「希望の来世へレッツらゴー!!」


 僕の質問はまたしても却下された。


 神様を名乗る少年、ラ・ムーは、白くて丸い何かになった僕をむんずとつかむと、砲丸投げみたいな投球フォームで窓から放り出した。


 さすがに乱暴じゃないか?


 抗議の声をあげようとしたときには、僕は半透明の真っ赤なりんごの中にいた。


 とても大きなりんごで、サッカーボールくらいなら余裕で納まってしまうくらいの広さがあった。


 なんだろう、すごくあったかくて、それでいて心地好い。


 半透明の赤いりんごの中で、僕の意識は途切れた。


 それからどれくらい経ったのか、正確なところはわからないけれど、僕が再び目覚めたとき、耳に届いてきたのは赤ん坊の泣き声だった。


 なんだこの声、すごくうるさい。


 鼓膜がさっきからワンワン鳴っている。


 僕は耳をふさごうとあがいたのだけれど、それがいけなかったのか、りんごの外から漏れ出すまばゆい光の方向へと真っ逆さまに落ちてしまった。


 まずいまずい。このままだとりんごの中から出てしまう。


 せっかく居心地がいい僕のベストプレスだったのに。


 僕は行きたくないと手足をじたばたさせたけど、まるでりんごの方が僕を押し出すみたいに圧力をかけてくる。


 いやだ、いやだ!


 やめてやめてやめて……。


 気付いたとき、身体は外気にさらされていて、僕は泣き叫んでいた。


 ここはどこ?


 私は誰?


 目が痛い。


 のどが痛い。


 肺が痛い。


 腰が、肩が、関節が痛い。


 っていうか首、重ッ!


 頭の重量で身体全部持って行かれそうなんですけど!?


 うえーんうえーんうえーん。


「うるちゃいわね、いちゅまでないちぇんのよ」


 どうしたわけか、頭の中に声が響いた。


 ゆっくり目を開けると、正面にワインをそそいだみたいな赤毛の子どもがいた。


 生まれたばかりなのだろうか、髪は頭のてっぺんのところにちょっとだけ生えていて、顔も手足もしわくちゃだった。


 ただ普通の赤ん坊とその赤毛の子が違っていたのは、まったく泣く素振りのないままエメラルドの目でしっかりと僕を見ていることだった。


 その子の深碧の視線にさらされて、僕はようやく周囲を観察する平静さを取り戻すことができた。


 僕と赤ん坊がいるのはどこかの一室だ。


 壁も床も石造りで、その上に色とりどりの糸で編まれたタペストリーが掛けられている。


 なんていうか、洋風だ。


 かたわらにはゆったりしたスカート姿の女中らしき人たちと、黒と白の布で全身をぴっしり固めたメイドが一人いた。


 彼女たちの中央、大きなベッドに銀髪の美少女が上体を起こした姿勢で入っている。


 なにか激しい運動をしたあとなのか、汗で額にその銀髪を張り付けていた。


 なんだろう、この状況。


 なんかそもそも僕の視点がおかしい気がする。


 僕はメイドの腕の中からこの光景を見ているのだ。


 おかしい。メイドの体格からいって、とても大人の男を苦もなく持ち上げられるとは思えない。


 すごい怪力なんだろうか?


 そこまで考えたところで僕はハッとした。


 自分の手が、ちっちゃくてぷにぷにしたやつにすり替わっていたからだ。


 って僕、子どもになっている!?


 これはあれか、「あれれ~、おかしいぞ~?」とかいって子ども名探偵にならなきゃいけないシチュエーションか?


 まず隣に住んでる天才博士が必要だな。


「しょんなわけにゃいでしょ、ばっかじゃにゃいにょ」


 またしても頭の中に声が響いた。


 こいつ、脳内に直接?


 念話?


 テレパシー?


「ちょりあえじゅ、はじめましちぇにぇ、元・福田大輔ことマクシミリアンきゅん」


「マクシミリアン?」


 なんの気なしにこたえると、僕も赤毛の子が使うのと同じテレパシーみたいなやつでしゃべっていた。


 どうやらこの声は、僕らだけにしか聞こえないらしい。


 赤毛の子は僕の反応に不満だったのか、「ふん!」と鼻を鳴らした。


「あんちゃの名前よ」


「僕にょ? じゃあ、君は?」


「ディートリント。あちゃしも、元・福田大輔よ」


 赤毛の子、ディートリントはそういうと、「くっ」と口の端を生意気そうにつり上げた。


「よろちくにぇ、もうひちょりのあちゃし」


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