第三話「禁術使いを突き止めろ!」 9
そして、数時間後。ナインシィさんから売り子をする許可を頂いた私達は、いつもの如く番重を抱えて町中をさまよっていた。
しかし。
「んー、全く情報が集まんないなぁ……」
「当たり前じゃない」
肩をガックリと落とし、ふらついた足取りで歩く私の耳に、メルエッタちゃんの疲れきったような溜息が届いてくる。
「国ですら足取りを掴めないような人間を、私達二人だけで発見出来るわけがないわよ」
「うう……やっぱり無謀だったのかなぁ」
果物屋を出発した私達は各地を渡り歩いて、顔馴染みの住人や果物等を購入した客にそれとなく事件に関して聞いて回った。だが、成果はまるで無し。時たまにもたらされる情報も既に私達の知っているものか、デマの類ばかりで、真犯人解明の手掛かりとなるには至らなかった。
ちなみに今、私達の歩いているのは人の往来の少ない、街の中心部から外れた通りだ。
「ま、今更止めるのもなんだし、今日のところは付き合ってあげるわよ」
「メルエッタちゃん……ありがとう」
彼女のぶっきらぼうな優しさに感動していると、
「おや、そこにいるのはミズホちゃんにメルエッタちゃんじゃないか」
「その澄み渡る爽やか王子っぽい声は……クラールさん!」
振り向くと、細い横道から首だけを突き出してこちらを見ている青年の姿があった。
「しっ、静かに」
私達に近づいてきたクラールさんは声を潜め、唇に人差し指を当てて私の行動を諫める。
「今、城の者にバレるとマズいんだ」
「あっ、追いかけられながら正門を出てましたもんね」
「……参ったな、見られちゃってたのか」
私が先の出来事について指摘すると、彼は恥ずかしそうに髪を掻いた。
「やっぱり、お見合いの話なんですか?」
「まぁ、そうだね。隙あれば僕を縄に掛けようとするんだから、心が休む暇もないよ。日頃から人を強引に連れだそうとする悪癖があるから、昨晩みたいな事が起きるんだろうね」
心底からうんざりした様子で首を振った後、
「昨晩といえば、メルエッタちゃん」
彼は私の傍らにいる幼い風貌の少女に対し、表情を曇らせて話しかけた。
「昨日は迷惑を掛けて申し訳ない。君の件については、僕の方から父上や将軍に報告していたんだけど、どうも下の者達が早とちりして、上層部に話を通さないまま、君を捕らえてしまったらしいんだ。例の通り魔事件で何も良い報告が無かったものだから、軍の方も赤っ恥でね、。何か結果を出さないといけないと焦っていたらしくて」
本当に済まなかった。謝罪の言葉を口にしながら、クラールさんはメルエッタちゃんに対して深く頭を下げた。
「……過ぎた事だから、もういいわよ」
そう口にするメルエッタちゃんの表情は、心なしかげんんなりしているように見えた。もしかすると、昨夜はドーサックさんとナインシィさんに、先ほどは私から似たような質問を投げかけられ、同じ答えを返し続ける事に疲れてきたのかもしれない。
「そうか、なら良かったんだけど」
クラールさんはホッとした様子で顔を上げた。
「ところで、二人は今日も売り子をしているのかい?」
「はい、そのついでに事件の調査を」
「調査? 何の?」
「果物を売るついでに聞き込みをして、禁術使いの行方を突き止めようと思ってるんですっ」
「禁術使いというと……つまり、通り魔事件の真犯人の事かい?」
「はいっ」
私が肯定を返す、彼は再び表情を陰らせて、
「……うーん、僕個人の意見としては、危ない事件に首を突っ込んでほしくないんだけど」
やんわりとした口調ながらも彼が苦言を呈した、その時だった。
「あれ、ミズホちゃんとメルエッタちゃんじゃないか」
先ほどの王子と同じような呼びかけが、再び背中の方から掛けられる。
「その澄み渡る爽やか詩人っぽい声は……ナクトゥスさん!」
振り向くと、そこには羽帽子を被る好青年の姿があった。例によって、ペンダントの先に付属している宝石が、見る者を惚れ惚れとさせるような美しい煌めきを周囲に放っている。
「今日もお仕事に精が出ているみたいだね。ところで、隣の人はお知り合いかい?」
軽い調子で話しかけてきたナクトゥスさんは、高貴な衣服を身に纏う金髪の青年をチラリと見やりながら、
「高貴な身分の方みたいだけれど」
「あ……えっと、お知り合いっていうか。王子です」
「王子?」
彼は私の口にした単語を鸚鵡返しに呟いて、
「王子って、あの王子かい?」
「はい、王様の子供の王子です」
「へぇ、こりゃ参った……」
ナクトゥスさんは目を見張り、もう一度クラールさんの方を見やった。当の王子はというと、穏やかな微笑みを口元に浮かべ、自身を見つめる眼差しに軽い会釈をする。それを受け、旅の詩人である青年も丁寧な一礼を返した。
「お初にお目にかかります、王子」
改まった口調で、ナクトゥスさんは一国の世継ぎに挨拶した。
「私はナクトゥスと申す者です。しがない詩人をやっております」
「初めまして、クラールです。そんなに畏まらないで結構ですよ」
「いえいえ、王子とこうして会話出来るだけで光栄ですから」
「二人の知り合いなのかい?」
「はい、そうですよっ」
私はナクトゥスさんとの出会いについてクラールさんに語った。中央広場でアイスクリームを売り、メルエッタちゃんと二人で仕事をしている時にばったり再会し、今日もまたこうして出会ったという事。
「へぇ、妙な偶然もあるものだね」
私の話を聞いたクラールさんは、感嘆したのか目を細めた。
「さっき詩人と仰られましたが……やはり、諸国を旅して回っておられるのですか?」
「ええ。見聞を広めたく思っていますので」
――この二人、やっぱり雰囲気が似てるなぁ……。
彼らの礼節に溢れた会話を聞きながら、私はしみじみと思った。
「それにしても……ミズホちゃん、とんでもない大物と知り合いだったんだね」
「えっへへん、それほどでもあります」
ナクトゥスさんの言葉に、私は両手を腰に当てて胸を張った。
「はは、あるんだ……そうだ、メルエッタちゃん」
何かを思い出したように、ナクトゥスさんはクラールさん同様、佇んでいる小さな魔女に話しかけた。
「今度会ったら、ぜひ渡そうと思っていた物があるんだよ」
そう言って、彼は衣服のポケットをゴソゴソとまさぐり、とある物を取り出した。それは銀色に光る金属製の輪で、ごくごく小さな紅い宝石が飾りとして付属している。ちょうど人間の指にすっぽりとはまるサイズをしていた。
――指輪?




