第三話「禁術使いを突き止めろ!」 8
クラールさんの追撃部隊に加わったのか、それとも果物屋の奥さんに張り倒されて療養中なのか、門番一号さんと門番二号さんの姿は正門に見られなかった。適当に拾い集めた木の枝と葉っぱで身をカモフラージュした私は、ちょこちょこと場所を移動している茂みに偽装して城を脱出する。安全圏まで離れた途端、私は枝葉を投げ捨てて激走を開始し、瞬く間に城下町の中へ逃げ込んだ。その勢いのまま、例の果物屋に向かい、店の前で急停止する。今日に限っては、商売中のドーサックさんはすんなりと私を家の中へと通してくれた。
「ミズホちゃん、来てくれたのね」
二階へ通じる階段の下で出会ったナインシィさんは、私に小声で話しかけてきた。
「メルエッタちゃん、あれからどんな感じですか?」
「取りあえず、少し疲れているような表情をしているだけで、強いショックを受けたようには見えないんだけど……あの子って多分、ストレスとかを自分の内にため込んでしまうタイプだと思うのよ。だから、やっぱり心配で」
「……そうですよね」
彼女の言葉に、私は首を縦に振った。確かに、メルエッタちゃんは不平不満をあまり周囲に洩らさないタイプだと思った。だからこそ、私も心配に思って、ネリエちゃんに部屋の清掃を任せてきたのだ。
「ミズホちゃんがメルエッタちゃんの側に居てくれると、私も安心だわ」
メルエッタちゃんは居間にいると告げたナインシィさんと別れ、私は階段を上り、彼女の元へと向かう。
既に昼食を終えた後なのか、メルエッタちゃんは椅子に腰掛けて、テーブルに広げられた飴袋の口を一つ一つ、紐で縛っている最中だった。
「やっほー! メルエッタちゃん!」
私は努めて明るい声を上げながら、彼女の隣に腰掛ける。普段と同じ特徴的なとんがり帽子とローブで身を包んだ少女は作業の手を止めて私の方を向くと、
「ああ、貴女ね」
と、いつもと全く変わらない落ち着いた声で言った。
「メルエッタちゃん、調子はどう?」
「どう、って」
「えと……ほら、昨日の事が尾を引いていないかと思って」
「ああ、あの事」
小さな魔女はテーブルに向き直り、一つの袋を取り上げて手際よく紐を結びながら、
「別に、大丈夫よ。あの人にもだいぶ気にされたけど、アタシ、本当に根に持つタイプじゃないから」
と、平然と告げた。その口調には、自らの本音を無理矢理抑えつけているような印象は感じられない。
――うーん、私もナインシィさんも、ちょっと心配し過ぎだったのかなぁ?
もしかすると、本当に杞憂かもしれなかった。けれど。もし、メルエッタちゃんの言葉が本心からのものだったとするならば、それはそれで妙な気もする。常人ならば、身に覚えのない罪で強引に城まで連れ出され、それが誤解によるものだったと知らされれば、たとえ解放による安堵感を覚えていたとしても、大なり小なり憤怒の感情を爆発させて然るべきだろう。たとえ、ナインシィさんのように平常は穏和な性格の女性であっても、だ。
けれど、メルエッタちゃんは昨夜の出来事に対して、全く怒っていない様子だ。この点において、彼女は何となく『人間らしく』ないような気がした。
――ひょっとして、あまり人と接したことがないからなのかな?
肉親と死別してからはたった一人で、人里離れた危ない森の奥で暮らし続けていた彼女だ。人との交流が皆無でなかったといえ、他人との交流というものには、あまり固執しない性分なのかもしれない。
そんな事を頭の片隅で考えていると、
「ただ、少し気にはなるわね」
メルエッタちゃんが、独り言のようにボソリと呟く。
「気にはなるって?」
思考の中から現実に引き戻された私は、言葉の続きを促した。
「だって、本当の犯人は捕まってないんでしょう?」
「あ……そうだよね」
「私の無実は証明されたけど、結局、問題の根本的な解決にはなってない。きっと、これからも事件は起きるわよ」
「うん、早く犯人、捕まってほしいよね」
「そうね、私達は待ち続けるしか出来ないけれど」
「何か、犯人に通じる手掛かりでも知ってればなぁ……そうだ!」
「何よ、急に大声出して」
椅子から勢いよく立ち上がった私を、メルエッタちゃんは驚いたように見上げてくる。目を見開かせた彼女に対し、私は声高らかに言った。
「メルエッタちゃん、私達で犯人を捕まえようよ!」
「えっ?」
「今から町中に出て、売り子をしながら情報を集めるの。もしかしたら、私達で真犯人を見つけられるかもしれない!」
「けど、わざわざ危ない橋を渡る必要はないわよ。事件の解決は城の兵士達に任せておけば」
「メルエッタちゃんだって、濡れ衣を着せられたのに黙ってなんていられないでしょ!?」
「それは、そうだけど……」
「よし、善は急げ! 行きましょお!」
「わっ! ちょっと!」
言い淀む彼女の手を取って、私は全速力ダッシュで一階へと降りた。




