第二話「アイスの魔女、ドロップの魔女」 11
――あれ?
困惑する私の横で、誰かが身体を掴まれる音がする。不思議に思って顔を上げると、私は眼前の光景にまたしても戸惑うことになった。
――どうして、メルエッタちゃんが……?
数人の兵士達が、小柄な風貌の少女を両手を押さえて拘束している。各々が険しい顔つきで、彼女をまるで重罪人であるかのように睨みつけていた。
「え……?」
身動きの取れなくなったメルエッタちゃんは、訳の分からない様子で周りの兵士達を見た後、助けを求めるような視線を私や夫婦に向けた。
「おい、いきなり何をしやがるんだ!」
ドーサックさんは声を荒げ、彼女を束縛している兵士達に近づいた。大柄な親父が怒気に顔を歪めて歩み寄る様は実に迫力満点で、兵士の中でもまだ若年と思える男達は怯えたようにたじろぐ。
「その子を離せ!」
彼は少女の腕を掴んでいる兵士の首根っこをむんずと掴み、彼女から引き剥がそうとする。果物屋の店主に恐れを見せた若い青年だったせいか、兵士はあっさりとドーサックさんの腕に引き寄せられた。しかし、
「邪魔をするな!」
先ほど拘束の指示を出していた男が間髪入れずに拳を繰り出す。流石に幾ら力が強いといっても、正規の戦闘訓練を受けた王国兵の攻撃は避けられなかったらしく、
「がはっ……!」
自身の腹部に強烈なパンチの直撃を受けたドーサックさんは、力無く地面に崩れ落ち、ドサリと俯せに倒れる。力の抜けた彼の手から解放され、若い兵士が慌てて距離を取った。
「ダーリン!」
「ドーサックさん!」
「動くな!」
ドーサックさんに近づこうとした私とナインシィさんは、制止の叫びに動きを止めた。声の主は、先ほど一般人に危害を加えた兵士だった。どうやら、この男が兵士達のリーダーらしい。私達二人が身動きを取らないのを確認した後、彼は部下に押さえつけられているメルエッタちゃんの方を向いて、
「いいか、逃げようと思うな。彼らの安全を気にしているならな」
と、彼女を恫喝した。
「お前が黙って俺達に付いてくるなら。手荒な真似はしない」
「あの……兵士さんっ」
居ても立っても居られず、私は口を開いた。
「私、城でしがない菓子職人やってる春川ミズホという者なんですけれども……どうしてメルエッタちゃんを捕まえようとなんて」
「一介の菓子職人が軍の行動に口を挟むな!」
「ひあっ!?」
大声で怒鳴られ、驚きに地面から数センチ飛び上がる。一方、
「いきなりやってきて、これは少し横暴過ぎるんじゃないかしら?」
ナインシィさんは相手に全く物怖じしていない様子で、威圧してきた兵士に話しかけた。口調には些か棘が含まれていた。普段はおっとりしている慎ましやかな奥様である彼女だが、その実、心の芯はかなり強いのかもしれない。
「我々は横暴など働いていない」
彼女に対し、リーダー兵士は厳かな調子で答える。
「彼女の拘束はれっきとした、上からの正式な命令だ」
――上からの?
私の心に、幾つものハテナマークが浮かぶ。メルエッタちゃんの来訪を含めた調査の一件は、クラールさんが報告してくれている筈だ。なのに、どうして彼女が王国に拘束されなければならないのだろうか。
「いいえ、横暴よ。詳しい事情も話さないで、メルエッタちゃんを連行していこうとするなんて」
「お前達には関係のないことだろう」
「いいえ、大有りよ。その子はね……」
「分かったわ。貴方達についていく」
ナインシィさんの言葉を遮るようにして、メルエッタちゃんが初めて兵士の男に口を開いた。
「それでこの場は収まるのよね?」
「ふむ、その通りだ。聞き分けがいいな」
兵士は満足げに頷く。
「メルエッタちゃん……」
「駄目よ、どうして捕まるのかも分からないのに」
「心配しないで、平気だから」
身を案じる言葉を投げかける私とナインシィさんを安心させようとしてか、メルエッタちゃんは優しく微笑んだ。その後、城へと引き返す兵士達と共に、彼女は私達に背を向けて歩いていく。
遠ざかっていく彼女の背中を、私は呆然と見送ることしか出来なかった。




