第二話「アイスの魔女、ドロップの魔女」 10
いつものように持ち運んでいる全ての販売品を売り捌き切るまで町中を巡っていたため、果物屋に戻った時には、頭上一面はすっかり夕焼け一色に染まっていた。
「おう、帰ってきたか」
「二人ともお帰りなさい」
店先に出ていた夫婦が、私達を出迎えてくれた。
「お仕事お疲れ様。あら、今日も完売なのね」
「はいっ、全部売り払ってきましたっ」
「本当に、ミズホちゃんとメルエッタちゃんには感謝してもしきれないわ。ありがとう」
「礼を言われるような事じゃないわ。世話になってるのは私の方なんだし」
「むむ。メルエッタちゃん、何だかクールな仕事人っぽい」
「ハハハ、メルエッタちゃんは謙虚だからな。どこぞの誰かさんとは違って」
緑髪の少女の華奢な肩をポンポンと親しげに叩きながら、ドーサックさんは朗らかに笑った。彼女と出会った初日には考えられなかったような仕草である。
「ドーサックさん。もしかして、そのどこぞの誰かって私じゃないですよね」
「そんなの決まっているじゃないか」
「そうですよね!」
きっと、私ではないと思うのです。多分。
「はい、二人とも。今日分の仕事代、渡しておくわね」
「はい、ありがとうございますっ!」
ナインシィさんから貨幣の入っているであろう茶色い紙袋を受け取った途端、ずしりとした重みを感じた。
「あれ、中身が普段よりも多いような」
「最近、ミズホちゃんとメルエッタちゃんにはお世話になりっぱなしだから。少し色を付けておいたのよ。ちょっとしたボーナスね」
「うわぁ! 嬉しいです!」
「ここまで気を遣わなくても」
「いいのよ、これは私達の気持ちなんだから。遠慮せずに受け取って」
ナインシィさんはボーナスの受け取りを渋るメルエッタちゃんに優しく微笑んだ後、
「そういえば、ミズホちゃん。今日はもう、このまま帰るのかしら?」
と、私の方へ話題を振ってきた。
「今から夕食の準備をするんだけど……もし家に上がるんだったら、ミズホちゃんの分も腕によりを掛けて作るわよ?」
「おお、食ってけ食ってけ」
「あ、今日はですね」
事情を説明しようとした、その時だった。
「……あら?」
何かに気がついたように、ナインシィさんが視線を通りの向こうへと移す。釣られて、私もドーサックさんもメルエッタちゃんも、彼女の見つめる先へと目を向けた。
――あれ、兵士の方々がやけに一杯……。
ざっと見て、十数人はいるだろうか。銀色の甲冑を身に纏った体格の良い男達が、町の住人達の好奇の視線を一身に浴びながらも、周囲の注目など全く意に介していない様子で、こちらの方へと歩いてくる。
平穏に包まれた町の一角にはふさわしくない、異様な光景だ。
「えらく大勢いるな」
「何かあったのかしら」
「こっちに来ますけど……」
「まさかお前、何かやらかしたんじゃないだろうな。お城の仕事すっぽかすとか、誰かに親の仇みたく恨まれているとか」
お城の仕事、すっぽかす。
誰かに、親の仇みたく恨まれている。
私に懐疑の視線を向けてくるドーサックさんの言葉に、私は思わずあっと叫び声を上げてしまいそうになった。
――まさか、アデライザさんが!
夕方までには帰ってこいと命じた私が一向に戻らず、その事に痺れを切らしたメイド長は、自らの手駒に私を連れ戻すよう命じた。こう考えれば、辻褄は合う。何しろ、相手は国の王子を刃物を持って追い回すような集団なのである。どんな強引な手段を用いても不思議じゃない。
――それとも、門番一号と二号が私を陥れようと……!
幾度となく私を牢屋にぶち込もうとした彼らである。彼らなら私に関するありもしない罪をでっち上げるなど、御茶の子さいさいに違いない。或いは、両者がグルになって私を貶めようとしているのか。
「罠にかけられたんですね、私はっ」
「おい、何をぶつぶつ呟きながら頭を抱えてうずくまってるんだ」
座り込んだ私の耳に、ドーサックさんの不安そうな声が聞こえてくる。兵士達の足音は、未だ絶えず続いていた。
「まさか……本当に何かやらかしたんじゃないだろうな」
「思い当たる節が無いわけでもないです……」
「おいおい……」
不意に、足音が止まった。あれっ、と思って私は顔を上げる。屈強な体格の男達は、私達の目の前で立ち止まっていた。
「私達に、何か御用なのかしら?」
「あああ、あの。私は全く清廉潔癖で悪いことは何も……」
ナインシィさんの問いかけにも、私の必死な弁明にも、兵士達は返答することなく、互いに顔を見合わせる。そして、無言で頷き合うと、
「よし、拘束しろ!」
「ひええええええ!」
高らかな命令に、私は悲鳴を上げながら頭を庇う。しかし、兵士達の無慈悲な両腕が私に伸ばされ……。
……なかった。




