第二話「アイスの魔女、ドロップの魔女」 9
「お久しぶりですっ、元気にしてましたか?」
「まぁ、見ての通りボチボチさ。あまり代わり映えしない毎日を送っているよ」
君の方はどうだい。お仕事は順調かな。そう言って、青年は自らの蒼い髪を掻き上げた。モデルのように端正な顔立ちをしているので、仕草がとても様になっている。
「はい、売り子のお仕事は順調ですっ」
「そうか、それは良かったよ……ところで」
青年は私の隣で気まずそうに佇んでいるメルエッタちゃんを手で示すと、
「こちらの彼女はもしかして、君の仕事仲間なのかい?」
「はい、一緒に売り子をしているんです」
「へぇ、そうなんだ。初めまして……っと」
彼女に軽く会釈した後、彼は何かを思い出したように言葉を切って、
「そういえば、前に会ったときは君にも名乗っていなかったね」
と、私を見ながら笑った。
「俺の名前はナクトゥス。よろしく。君達の名前は?」
「私はミズホっていいますっ」
「メルエッタよ」
私は元気一杯に、彼女の方は素っ気ない口調で自らの名を口にした。
「ミズホちゃんにメルエッタちゃんか……いい名前だね」
「あの、ナクトゥスさんは何をしてらっしゃる方なんですかっ?」
私は好奇心からの質問を口にした。王都を訪れる旅人のような衣装を着ているものの、ナクトゥスさんは御世辞にも過酷な旅路を経験してきたように見えない。肌も日焼けしておらず綺麗だし、身体の線だって、大人の男性にしては若干細めだ。あまり旅慣れしているとは思えなかった。
「俺かい? 俺は流浪の詩人さ」
彼は事も無げに言った。
「流浪の……」
「……詩人?」
私の発した呟きを、メルエッタちゃんが継ぐ。青年は小さく頷いて、
「見聞を広める為に各地を回ってるんだ。色々な世界を知れば、それだけ詩の実力向上にも繋がるからね」
「へぇー、何だか凄いですっ」
「はは、ありがとう」
ナクトゥスさんは照れくさそうに頬を掻いた。
「じゃあ、何か一つ披露してくれませんか?」
「……え?」
「詩ですよ、詩。私、生の詩人さんに会うの初めてなんですっ」
「そうか……じゃあ、俺のとっておきを披露してあげよう」
私の無茶な頼みを快く受け入れてくれたナクトゥスさんは、意気揚々とした様子で古い手帳を取り出すと、少し黄ばんだページを開いて読み上げ始める。
「じゃあ、いくよ。『レモンがリンゴでリンゴがメロン。バナナがオレンジ、オレンジはバナナ。セカイはイチゴ、セカイイチ。しかし、スイカはセカイではなかった。スカイだったのだ。ゆえにヒトはミナ、キウイであった』……どうだい、良い出来映えだろう……ん、どうしたんだい」
まるで猛吹雪に凍り付いたように固まっている私達を見て、ナクトゥスさんはキョトンとする。
「い、いや。良かったですよ! ね、メルエッタちゃん!?」
私が慌てて隣の少女に話題を振ると、
「そ、そうね。なかなかに風情のある良い詩だったと思うわ。圧倒されて、言葉も出なかったくらい」
メルエッタちゃんは彼女らしからぬ饒舌を披露して彼の詩を誉め讃えた。尤も、彼女の顔に浮かんでいる笑みは実に強ばったものである。
「良かった、気に入ってもらえて。読むとき、少し緊張してたんだよ」
しかし、ナクトゥスさんは気分を害した様子もなく、むしろ嬉しそうに顔を綻ばせる。
「さっきの詩は今までに書いた作品の中でも、一番の自信作だったんだ」
「私もだろうと思っていましたよ!」
「あはは、あまり褒められると照れちゃうよ……ホッとしたら、何だかお腹が空いたな。ミズホちゃん、だっけ。前に作ってもらえたアイスはまた買えるのかい?」
「あ、大丈夫で……そうだ!」
私は右手で小さな魔女を指し示しながら、
「今日はメルエッタちゃんの自信作、マジックドロップを召し上がっていきませんか?」
「え?」
「へぇー、マジックドロップかぁ」
私の方を、戸惑ったように見つめてくるメルエッタちゃん。ナクトゥスさんはというと、名指しを受けた彼女の番重に視線を落としながら、感嘆の声を上げた。
「珍しい物を売っているんだね。さっきから、魔女っぽい格好をしている子だなとは思ってたんだけど……それじゃあ、本当に魔法使いなのかい?」
メルエッタちゃんが肯定の頷きを返すと、
「まだ子供なのに魔法使いだなんて、凄いなぁ」
彼は感心したような語調で呟いた。一瞬、メルエッタちゃんは何か言いたげな表情を見せたものの、口を結んだまま小さく御辞儀をする。別に訂正するような事でもないと思ったのか、もしくは思い違いを指摘するのが面倒だったのだろう。
「じゃあ、それを一つ買っていいかな?」
「……どうぞ」
メルエッタちゃんは少し緊張している様子だったが、飴の入った小袋を番重から取り出すと、目の前に差し出された青年の掌に渡す。
「綺麗な色だね」
代金を払い、袋の紐を解き、赤色の飴玉を一つ取り出すなり、ナクトゥスさんは感嘆したように目を細めた。
「それでは、頂きます」
緊張した面持ちで自身を観察している緑髪の少女に軽く頭を下げると、蒼髪の青年は菓子を口に含む。私達は固唾を飲んで、彼の次の言を待った。
一瞬の静寂の後、
「うん……甘くて美味しい。苺の味かな?」
ナクトゥスさんは感想を告げながら、満足そうに顔を綻ばせた。
「それに、体の芯から活力が湧くような、不思議な感覚がするよ」
「……配合している魔力が、体中に回っているんだと思うわ」
照れ隠しなのか、メルエッタちゃんは淡々とした口調で説明した。
「へぇ……俺は魔術士じゃないからそっちの方面にはてんで疎いんだけど、これがそういう感じなのか。一つ勉強になったなぁ」
すっごく良い買い物をしたよ。ナクトゥスさんはそう言って彼女に笑いかけた後、
「それじゃ、僕はそろそろ行くよ。また、会えるといいね」
と、手を振りながら中央広場の喧噪の中に消えていった。




