第二話「アイスの魔女、ドロップの魔女」 2
「……あっ」
いきなりの抱擁に動揺したのか、目をパチクリとさせたメルエッタちゃんの頬が朱に染まる。
「ちょ、ちょっと……」
後ろに下がりながら自身の背中に回された美女の腕を振り解こうとするものの、
「うんうん! そういう慎ましやかな所がまた可愛いわね~!」
ナインシィさんは彼女の身体を掴んで離さず、更には頬ずりまで始める始末だった。
「あの……でも……」
美女の猛烈アタックを顔面に食らいつつも、メルエッタちゃんはチラチラと固い表情をしているドーサックさんの方を見つめる。一瞬、顔を離した時に少女の視線の先に気がついたナインシィさんは、
「こら、ダーリン!」
と、自らの愛する亭主に向かってビシッと長い人差し指を突き立てた。瞬間、美人妻の怒声を受けた強面夫は、ビクッと身体を震わせて萎縮する。
今まで一度も、私には見せたことのない態度だ。
――なんか、ドーサックさんってナインシィさんには頭が上がらない感じだなぁ……。
そこはやはり、惚れた弱みというものなのだろうか。体格の良い髭親父であるドーサックさんにも、ナインシィさんという頭の上がらない存在がいるんだなぁ。何だか感慨深い気持ちが、私の心にこみ上げてくる。そんな私の気持ちを余所に、夫婦の会話は続いていた。
「そうやって怖い目で見て、メルエッタちゃんを怯えさせちゃ駄目じゃない!」
「い、いや。ハニー、別に俺は怖い目で見ているつもりは」
「言い訳は聞きません!」
「う……」
「別にいいじゃない、女の子が一人増えたからって、食費が増えるわけでもないんだから!」
ナインシィさんの発言の後、急に訪れた沈黙。通りを行き交う人々や近隣の店主の視線が、例外なくドーサックさんに向けられていた。
「……えっと、だな」
注目を一身に浴びる果物屋の主人は、やがてゴホンと咳払いする。
「……ま、泊まるアテが無いのなら仕方がないだろう」
途端、一帯から大きな拍手が沸き起こった。
「その代わり、寝床は空き部屋を使ってもらうからな。今日は多少、汚くても我慢してもらうぞ。一応、これから掃除はするが」
「あら、掃除なんて必要ないわよ。私の部屋で一緒に寝るから」
ガーン。
そんな擬音語と共に、ドーサックさんの巨体が瞬く間に凍り付く。
「ねー、メルエッタちゃん」
「……え? え?」
未だ、状況を飲み込めていないらしいメルエッタちゃんは、戸惑った様子で固まった厳つい中年男性を見つめていた。一方、
「そ、そんな……」
少女からの視線にも気がつかない様子で、ドーサックさんは硬直し続けたまま、呆然と呟く。彼の異変を目の当たりにした私もまた、強烈な衝撃を受けた。
――こ、こんなにダメージを食らっているドーサックさん、初めて見た……。
「し、しかしハニー。それじゃ、俺は」
「ダーリンはいつもみたいに自分の部屋で眠ればいいじゃない」
「そ、そんな……」
事も無げに放たれた妻の言葉に、夫はガクッとうなだれた。そんな彼を後目に、ナインシィさんは傍らの少女に話しかける。
「ごめんね、メルエッタちゃん。この人、結構な照れ屋さんかつ強情なのよ。色々と、気にしないでね」
「はぁ」
「こう見えて、メルエッタちゃんみたいな可愛い子と暮らせて嬉しがったりしてるのよ」
「は、はぁ」
「なっ! 違……」
「そうですよね! 流石、ナインシィさん!」
我に返ったドーサックさんが抗議の声を上げたのとほぼ同時、私は声高らかに叫んだ。
「照れ屋さんな夫の隠された心情を完全に読みとるなんて、妻として素晴らしいです! 一人の女性として尊敬します!」
ドゴッ。まるで火山が噴火するような爆音が通りに響きわたった後、
「お・ま・え・は・黙っておれええええ!」
「ふにゃあああああ!」
ドーサックさん二つの拳に、頭を左右からミシミシと圧力を加えられ、壮絶な激痛に私は絶叫した。
「グリグリはやめてえええええええ!」




