第一話「森の小さな魔女」 13
――魔術士……。
彼の言葉を反芻しながら、私は目の前の少女をまじまじと観察する。確かに、何となく魔法使いっぽい服装だなとは思っていたけど、まさか本当に魔女さんだったなんて。
「まあね」
青年の言葉に、メルエッタさんは小さく肩を竦めた。
「お母さんからの遺伝よ」
「じゃあ、君のお母さんも魔術士だったんだ」
「それなりに名の売れた魔術士だったらしいわ……アタシはよく知らないけど。お母さんは昔のことをあまり話したがらなかったし、お父さんも物心ついた時からいなかったし……お母さんが亡くなってから、アタシはこれを売って生計を立てているの。材料はお母さんの知り合いだった人に持ってきてもらってて、出来上がった飴玉もその人に売ってもらってるんだけど、さっきはてっきりその人がやってきたと勘違いしたわけ。こんな森の奥に迷い込んでくる人なんて、今まで殆どいなかったから」
「どうして、飴玉作りを仕事にしたんですか?」
「単純な理由よ。お母さんから習った魔法で、一番上達したのがコレだったの」
「それで、この飴どうして魔物の凶暴化に関係するんだい?」
クラールが問題の核心に触れると、森の魔女はバツの悪そうな顔で、
「実験に食わせてたのよ」
「食わせてた……? つまり、森の魔物に?」
「ええ。飴作りの製法をもっと改良したくなったんだけど、この森にはアタシ以外の人間はいないでしょ? まさか、自分で実験するわけにもいかないし……」
語っている間、彼女の瞳は落ち着きなく宙をさまよっていた。
「それで、適当な魔物の口の中に放り込んで、効果を検証してたの。中にはかなり力を増したヤツも結構いたから……」
「そのうちの何匹かが森の入り口近くまで出てきて、人々を襲ったってわけだね」
「何日かすれば効力も失われるだろうし、放っておいても大丈夫だろうって思ってたのよ」
メルエッタさんは心底申し訳なさそうに言った。
「本当にごめんなさい。これからは考えも無しに野生の魔物を実験に使うのは止める事にするわ」
「うん、そうしてもらえると有り難いな」
「これにて一件落着ですねっ」
取りあえず、森で起きていた異変の原因は解決した。メルエッタちゃん曰くマジックドロップの効果は長い物でも数日で消えるので、三日後にもなれば元通りの森に戻るとのことだった。
「そういえば……君はさっき、ミズホちゃんのことを外の子って言ってたけど」
話が一段落ついたところで、クラールさんが紅茶を味わいながら口を開いた。
「森の外って意味よ。別に深い意味は無いわ」
「ああ、そういう事じゃなくてね。君自身は、森の外に出たことがあるのかい?」
「……無いわ。物心ついた時からこの小屋に住んでいたし、お母さんは体が弱くて、遠出も出来なかったから」
「じゃあ、メルエッタさんはずっと森の中にいるんですかっ?」
「そうだけど……別にそんな畏まらないでいいわよ。私、年なんて概念に縛られていないし」
「うん、分かった。それじゃ、メルエッタちゃんって呼ぶね」
「メ、メルエッタちゃん……」
呆然と言葉を失った様子の少女の顔が、仄かに赤らむ。
「駄目?」
「……まぁ、別に構わないけど」
「じゃあ、決まりっ。よろしく、メルエッタちゃん」
「え、ええ」
「外に出たいとは思わないのかい?」
話が一区切りついたところで、クラールさんが口を挟んできた。
「思わないこともなかったけれど……機会も無かったし」
「知り合いの人と出掛けたりは? 例の、飴作りの材料をここまで運んでくる人とか」
「お母さんの知り合いとはいっても遠くに住んでる人だし、ただの飴を売って、材料と金をもらうだけの関係だから」
――つまり、メルエッタちゃんはずっとこの森で暮らしてるってことかぁ……。
そう心の中で呟いた、瞬間。私の脳裏に、これ以上ないグッドアイデアが舞い降りた。
「じゃあ、今から一緒に行こうよ!」
「……へ?」
「……え?」
私が声高らかに告げた瞬間、二人がほぼ同時に困惑の呟きを洩らす。そんな彼らの一方、対面に座る少女に、私は頭に浮かんだ名案を熱く語った。
「私達、今からトロスベリア王国の都に戻るの。だから、メルエッタちゃんも一緒についてきなよっ」
「でも……」
と、メルエッタちゃんは戸惑ったように頬を掻きながら、
「泊まるアテが無いし」
「その心配はいらないよ。宿に泊まればいいし……そうだ、何なら僕が城の者に掛け合って」
「大丈夫、私に良いアイデアがあるの!」
クラールさんの提案を遮り、私はドンと自らの胸を叩く。
「「……良いアイデア?」」
「はいっ!」
キョトンとした表情で見つめてくる二人に対し、私は大きく首を縦に振ったのだった。




