第一話「森の小さな魔女」 12
少女に促されるようにして、私とクラールさんは小屋に足を踏み入れた。建物の内部は至って普通な感じだったが、少女が一人で生活している割にはやけに生活感が無く、ひどく殺風景だった。洒落た装飾品の一つすら飾られておらず、ただ住居としての機能を備えているだけ。そんな印象を受けた。
通されたのは客間兼リビングと思しき空間で、中央には木製の四角いテーブルが置かれ、椅子が一脚と二脚、向かい合うようにして配置されている。その内、玄関扉に面した方に位置する二脚の椅子に、私とクラールさんは並んで腰掛けた。少女はポットと人数分のティーカップを運んできた後、私達の対面に座る。
「あの、君は」
「メルエッタよ」
青年の問いを遮り、少女は紅茶に口をつけながら自らの名を告げた。クラールさんからしてみれば出鼻を挫かれたような格好になったのだが、彼は全く機嫌を損ねていない様子で笑みを浮かべ、
「メルエッタちゃんか……年は幾つ?」
「十五」
「へえ、十五歳かぁ。そういえば、ミズホちゃんは幾つだっ……」
「ガーン!」
「うおっ!?」
私が立ち上がり絶叫した途端、他の二人は椅子から数センチほど飛び上がった。
「どうしたの、いきなり大声出して」
「ううう、一歳負けたんです……」
私はガックリと肩を落として号泣する。木製の床を、大粒の涙がボトボトと轟音を上げて濡らし始める。その様を凝視しながら、私は自らの心情を吐露した。
「まさか、私より年上だなんてっ……」
「……外の子って、皆こんな感じなの?」
一拍置いて、緑髪の少女――メルエッタさんはクラールさんに話しかける。
「いや、ミズホちゃんは例外みたいなものさ」
「クラールさん、それって褒めてるんですか?」
パタリと泣き止んで青年に訊ねると、彼は朗らかに笑って、
「ハハハ、勿論だよ」
「ですよねっ」
「そうそう、こちらの自己紹介が遅れてしまったね」
コホンと上品な咳払いを一つした後、クラールさんは自分と席に座った私とを順番に示しながら、
「僕の名前はクラール。そして、彼女はミズホちゃんだ」
「初めまして、春川ミズホといいます。こう見えて、異世界からの来訪者だったりします」
「はぁ……そうなの」
メルエッタさんは殆どリアクションを取らず、少し戸惑ったように両目を瞬かせて、無難な相づちを打った。
「珍しいこともあるものね」
「うわあああん! スベったあああああ!」
「ま、まぁまぁ。落ち着いて、ミズホちゃん」
「……貴女、なんか面白いわね」
「私、面白いって言われました」
「良かったじゃないか!」
「はいっ!」
「……で、貴方達は私に何の用があって、こんな所まで来たわけ?」
「ああ、僕達はこの森を調査しているんだ」
「調査?」
クラールさんの言葉に、少女は首を傾げた。
「どうしてそんな事をする必要があるの? こんな所、人なんて滅多に来ないし。調べたって財宝の一つも出てこないと思うわよ。多分」
「クラールさんはトロスベリア王国の王子なんですよっ。それで……」
かくかくしかじか。私が事の成り行きを掻い摘んで説明すると、
「トロスベリア……ああ」
何かを思い出したような表情で、メルエッタさんは天井を見つめながら三角帽の縁を触った。
「その名前、お母さんから聞いたことあるわ。確か、この森はその王国の領土なのよね」
「お母さんがいるのかい?」
「もう、随分前に亡くなったわ」
事も無げに少女は言う。一方、クラールさんは表情を暗くさせて、
「……申し訳ない、不躾な質問をしてしまって」
「謝らなくてもいいわよ、特に気にしてないから」
平然とした様子で、彼女は再び紅茶を口元へと運ぶ。
「死は全ての生命に等しく訪れる事象、もう吹っ切れたしね」
ま、事情はよく理解したわ。そう呟いて、少女はティーカップをソーサーの上に戻し、私とクラールさんとを交互に見つめた。
「それで、森を探索していたら偶然にこの小屋を見かけて、住人から情報を得ようと考えたってわけね」
「うん、その通りさ。それで、何か知っていることはあるのかい?」
「……心当たりはあるわ。というより」
と、メルエッタちゃんは気まずそうな表情を浮かべた。
「多分、その原因はアタシよ」
思わず、私とクラールさんは顔を見合わせる。
「……どういう事だい?」
「ちょっと待ってて」
メルエッタさんは立ち上がり、小屋の奥へ歩いていったかと思うと、やがて小さな紙袋を抱えて戻ってきた。
「それ、何が入ってるんですかっ?」
「見れば分かるわ」
と、椅子に座った少女は紙袋の口を開いて、対面の私達にその中身が見えるよう横倒しにする。僅かに身を屈めて袋を覗くと、中には色とりどりの目映い輝きを放つ宝玉のような何かが沢山収められていた。赤、緑、水、黄……とにかく、沢山の種類がある。それらは、私の元いた世界に存在した『とある菓子』にそっくりだった。
「……飴玉ですかっ?」
「これは……マジックドロップだね」
呟いた私の横で、クラールさんが訳知り顔で言う。メルエッタさんは彼に同意の頷きを返した。
「そうよ」
「マジックドロップ?」
「特殊な製造過程を経て、魔力を配合された飴のことさ」
会話の意味が分からずハテナマークを頭の上に浮かべまくる私に、クラールさんが解説してくれた。
「現在では嗜好品としても食されているけど、元々は魔術師の魔力補給源として開発されたんだよ。発明された当時は食えたものじゃない代物だったらしいけれど、研究の進んだ今ではそれなりに味も整えられるようになっているからね」
「へぇー、そんな飴玉があるんですか」
要するに、ビタミンCや鉄分などを沢山含んだ、栄養補助食品と似たようなものなのだろうなと、私は思った。
「ところで、これは君が作ったものなのかい?」
「ええ」
「なるほど。つまり……」
と、クラールさんは年齢より幼い風貌の少女を興味深げに見つめながら、呟くように言った。
「君は魔術士ってわけだね」




