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アイスクリームの魔法を手に入れた!~森の魔女と、魔吸の禁術~  作者: 悠然やすみ
第一章「アイスクリームの魔法を手に入れた!」(2013年11月3日に完結済みです)
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最終話「私の大切な人達」 8

「えっとえっと……服は……」


 クラールさんの来訪から数十分後。慌ただしい朝は未だ続いていた。食事も一瞬で終わらせ、私は自室に戻って外出の準備をする。悩んでいるうちにも時間は刻一刻と過ぎていく。しかし、適当に選んだ衣装に着替えながら、私はふと先ほど見た夢の事を思い出した。


――そういえば、あれって夢だったのかな? それとも本当の事だったのかな?


 唐突に始まった女神様との邂逅。普通の人なら、きっと変な夢を見たくらいにしか思わないだろう。けれど、私は以前にあの空間へ行った経験があるし、その宙に浮いているような感覚だって未だ覚えている。そう考えると、あれはやはり現実のように思われた。


 という事は。


――もう、元の世界に帰りたいとかで悩む必要はないんだよね。


 女神様の言葉を信じるとするならば、自由にとはいかないまでも、私はこれからどちらの世界でも生活出来るようになるのだ。ただ私のいない間に、彼女がどんな風に生活するのか、何か問題を起こしたりしないのか、それが若干気がかりであるけれど。


――良かったぁ。


 しみじみと、胸の中が深い安堵感で満たされていくのを感じた。かなり変則的ではあるけれど、これからも今までと同じ日々は続いていくし、これまでを過ごしていた日常も戻ってくる。


 もう誰かと引き離される必要はなくなるのだ。両親とも、ドーサックさんとも、お別れをせずに済む。


「あれ、おじさんって言えば……」


 急に現実へと引き戻され、私は時計に視線を向る。途端、体中を電流が走り抜けた。


「ああっ! ボーッとしてて時間がこんなに!」


 最早、一刻の猶予も残されていない。私は達人の如き超スピードで着替えと戸締まりを済ませると、紅い絨毯の敷かれた廊下を勢いよく駆けだした。角を曲がり、階段を下り、門を開き、そして鉄砲玉のように飛び出す。途端、ノンビリと警備をしていた様子の門番一号二号がギョッとした様子で振り向いてきた。


「ドタバタ走って出てくるな!」


「ぶつかったら危ないだろうが!」


「ご、ごめんなさーい!」


 後ろから浴びせられる二人の怒声に謝罪の叫びを返しながら、私は城下町へと懸命に足を動かす。道の左右に延々と連なる木々の列がいつの間にか家屋のへと、自然の声がいつしか人々の生活音に変わっていった。町を猛ダッシュする私の視界に、ペットを連れて散歩している人々や買い物を楽しむ主婦達の姿が映る。何の変哲もない、日常の風景だ。相変わらずブームは続いているようで、スカンクの姿もあちこちに見受けられた。


「あらミズホちゃん、おはよう」


「おはようございますっ!」


「やあ、ミズホちゃん。ドーサックさんの所に急いでるのかい?」


「はいっ! そうですっ!」


 いくつもの通りを抜けるうち、顔馴染みのお客さんと幾度も出くわす。投げかけられた言葉にしっかりと返事をしながら、私は疾走を続けた。時刻は朝、季節は春、風は穏やか。息を切らしながら走り続けているうちに、心臓の鼓動も激しく脈打っていた。


 そんなこんなで、私はようやく目的地の側へと到着する。


「うう……もうクタクタだよっ」


 足を止めた瞬間、体中から一気に疲労が押し寄せてくる。額に浮かぶ汗を、私は取り出したハンカチで拭いながら店の前まで歩いていった。


「ドーサックさん、遊びに来ましたよ……あれ?」


 そして、妙な事に気がつく。いつもならばとっくに開店している時間帯である筈なのに、全く営業している様子が見られないのだ。商品棚自体は置かれているのだが、肝心なおじさんの姿が見えない。これでは町の幼い子供にだって、容易に売り物を盗まれてしまうだろう。普段なら全く見かけない不用心な光景を目の当たりにし、私は自然と首を傾げる。


「ドーサックさん、いませんか~!?」


 おじさんに大声で呼び掛けながら、私は慣れ親しんだ店内へと足を踏み入れた。


「いないなら果物盗んじゃいますよー! 沢山持っていきますよー!」


 途端、上から荒々しい足音がしたかと思うと、ドーサックさんが慌てて階段を駆け降りてきた。そして、


「おい! もっと他に呼び方があるだろうが!」


 と、焦りきった様子で怒鳴ってきた。かなり恐い顔つきだけれど、いつもと変わらないおじさんの姿を目にして、私は何故か胸がホッとする。昨夜に重大な決断を迫られた、あの気持ちが心の中に残っていたせいかもしれない。


 自然と、私は笑顔を浮かべていた。


「えへへ、ごめんなさい。それとお久しぶりです」


「……ああ、そうだな」


 私につられてか、ドーサックさんの口元も次第に緩んでいく。


「にしても、今日は随分と遅かったな。何かあったのか」


「実はちょっと、寝坊しちゃって」


「ハハハ、そんな事だろうと思ったぞ」


「でも、ドーサックさんの方こそどうしたんですか? 店を空けて家の中なんて、ドーサックさんらしくないような気がしたんですけどっ」


「ああ、実はな……」


 おじさんが口を開きかけたその時、二階の方から女性の声がした。


「どうしたの? お客さん?」




――あれ?




 そのおっとりした口調に、私は戸惑う。何となく、どこかで聞き覚えがあるような気がしたのだ。


 一方、ドーサックさんの方は明るい調子で、


「ああ、ちょうどいい。降りてきてくれ」


 と、上にいる誰かに告げる。すると、ゆっくりと階段を踏みしめる音と共に、一人の女性が店に降りてくる。


「……あっ」


 印象に残るウエスタンブーツにダスターコート、それにテンガロンハット。その人物の姿を見て、私は小さく叫び声を上げずにはいられなかった。どうやら相手も、同じ気持ちだったらしい。最初、女性は驚いたように目を瞬かせたが、やがてやんわりとした笑顔を浮かべ、親しげな口調で話しかけてくる。


「お嬢さん、久しぶりね」




 そう、私の前に姿を現したのは、クラールさんとパイナップルを探しに行った森で出会った、あの美女だったのだ。

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