最終話「私の大切な人達」 7
「いくら神様でも……人の外見を盗むのは犯罪ですってば~……」
「お、ミズホちゃんはまだ夢の中か」
「ふえ?」
何だか聞き慣れた男の声がして、私は重たい瞼をうっすらと開いた。視界に広がるぼやけた輪郭が次第にハッキリと映り出す。やがて、眠っている自分を覗きこんでいる人物が誰か、私は驚愕と共に気がついた。と同時に、ベッドから勢いよく跳ね起きる。危うく頭同士をぶつけそうになったが、すんでの所で彼は身をかわした。
「あ、起こしちゃったか。ごめんごめん」
申し訳なさそうに笑う青年を前にして、私は甲高い叫び声を上げずにはいられなかった。
「ク、クラールさん!? どうしてここにいるんですか!?」
この場所は私の寝室だ。昨夜、私はきちんと部屋のドアに鍵を掛けていた筈である。勿論、ベランダや窓も同様だ。それなのに、彼は何故ここへ立ち入る事が出来たのだろう。
「いや、これを使ってちょちょいとね」
王子の右手には、いつか私も目にした事のあるピッキング用の針金が握られていた。
しかし、当たり前の事ながら、私の疑念は尽きない。
「で、でも。どうしてわざわざ、そんな物を使って……あっ!」
一つの仮定が電流のように脳内を走り、私は慌てて腰に掛かっていた布団を胸元まで引き上げ、体にピッタリとくっつけた。
「や、夜這いですか!? 夜這いなんですか!?」
「は?」
クラールは素っ頓狂な声を上げ、すぐに噴き出しながら違うとでも言うように両手を振る。
「い、いや。別にそんなんじゃないよ。大体、もう朝じゃないか」
「えっ、あ……」
慌てて窓の外へ視線を向けると、彼の言う通り、眩しいくらいの太陽光が部屋の中へと差し込んでいた。よくよく考えると、人の顔が見えるくらいに明るいのだし、当たり前と言えば当たり前である。
「でも、じゃあ何でそんなにこっそり忍び込んできたんですか? ノックしてくれれば開けたのに……」
すると王子は腕組みをしながら顔をしかめ、
「実は、ちょっと切羽詰まっていてね。緊急に身を隠さなきゃならなかったんだ。それで、一番近くて都合の良い場所が君の部屋だったんだよ。何度か扉は叩いたんだけど、そうこうしているうちにどんどん状況が悪くなっちゃってね。それでやむを得ず」
「針金使って中に入ってきちゃったんですか」
「うん、本当に申し訳ない。女性の寝室に土足で踏み込むような真似をして」
「えっと、そんなに気にしてはないですけど……」
もし着替えてる時に入ってこられていたらと思うと、頬がカアッと熱くなった。あ、でも入る前に一応ノックはしてたんだっけ。
「その、切羽詰まってた理由って何なんですか?」
「うーんと、実は……」
クラールが説明しかけた、まさにその時。ガチャンと鍵が開いたかと思うと、バタンという強烈な音と共に部屋の扉が勢いよく開いた。
「王子、ようやく見つけましたよ」
溜息混じりの声と共に入ってきたのは、頭に真っ赤な怒りマークを付けたメイド長だった。その手には合い鍵の束がぶら下げられている。何人もの兵士が彼女の後に続いて歩いてきた。彼らの姿を目にした途端、クラールさんの体がギクッと強ばる。そんな彼を恐ろしい目つきで見据えながら、メイド長は口を開いた。
「どこにもいないと思ったら、まさかこんな所に隠れているとは……探すのに一苦労でしたよ」
クラールさんはひきつった笑みを浮かべながら、
「アハハ……イヤだなあ、別に隠れていたつもりじゃ」
「それは安心しました。別に縁談から逃げていたわけではないのですね」
冷ややかな口調で彼の言葉を遮るメイド長の姿からは、やけに強烈な威圧感が発せられている。心なしか、周囲の空気がビリビリと震えているような気がした。ヤバい雰囲気を感じ取り、私は戦々恐々で当事者達の様子を見守る。
「さあ、私と一緒に来てもらいましょうか」
「……ちょっと気分転換に、外の空気でも吸ってきますよ」
「お、王子!」
言うが早いか、クラールさんは自身を掴もうとしたメイド長の手をすり抜けて、俊敏な動作でバルコニーの戸まで達すると、掛かっていたロックを解除してあっという間に外へ出た。彼はバルコニーの柵に飛び乗り、何かを思い出したように私の方を向いて、
「そういえば、確か今日はドーサックさんの所に行くんだったよね。急いで着替えた方が良いかもしれないよ」
と早口でまくし立てた後、勢いよく足場を蹴ってジャンプした。あっという間に彼の体は落下していき、私の視界から見えなくなる。目の前で瞬時に起きた出来事が信じられず、私は自然と口をだらしなく開けてしまっていた。
――ここって、二階なのに……飛び降りちゃった。
まさか、いつもこんな無茶を行ってまで外出していたのだろうか。
「王子が逃げたぞ!」
「外へ急げ!」
「絶対に今日こそは捕らえなさい!」
唖然としている私を気にする様子もなく、メイド長以下クラール追跡隊の面々はドタバタと部屋を後にして廊下を走っていく。しばらく経ってようやく我に返った私は、彼が最後に言い残した言葉を思い出し、壁に掛かっている時計を見やり、そして再び強烈な衝撃を受けて飛び上がった。店にいた頃なら、確実に寝坊となっている時刻だったのだ。夢の中で女神様と話し込んだ事に加え、休暇だった為に誰も起こしに来てくれなかった事が災いした。
「大変! もうこんな時間! 早く準備しなきゃ!」




