最終話「私の大切な人達」 3
『私が城で働くようになって、はや一ヶ月。ようやくここでの生活にも慣れてきました。
王様にお菓子を作るだけの仕事なので、ようやく忙しい朝の日課から解放されると思ったのですが、現実はアイスのように甘くは無いようです。毎日のようにメイド長さんに叩き起こされては、朝掃除の手伝いをやらされています。結局、前よりも早い時間帯に目を覚まさなくてはなりなくなりました。次第に彼女のこき使いはエスカレートしていき、今では掃除だけでなく洗濯やら食事の支度やら、裏の森での山菜摘みやらも指示されていて、菓子職人として就職した筈なのに、いつの間にか雑用係に似たような役回りになってしまいました。しかも残業代もボーナスも出ません。ショックです。でも給料自体は高いですし、他の使用人達も同じような労働条件なので不満は言えません。ただ、悪い事ばかりではないです。一緒に仕事をしているうちに何人かの女の子とも親しくなれましたし、一緒にお茶会をする約束をしました。今からその日が待ち遠しいです。
一方、本業の方は至って順調です。元々、王様はアイスクリームの食感を非常にお気に召されていたみたいで、私の作る冷菓をいつも美味しそうに頬張っています。先に仰られていたように、色々な食材がごちゃ混ぜになったアイスの方が好みらしいです。しかし、毎日同じ物では飽きられるだろうという料理長さんの指摘を受けて、空いた時間を使って別のお菓子を作る練習もしています。最初のうちは魔法を一切使わずにやっていたのですが、しばらくして新発見に気がつきました。溶かしたアイスは程良いソースになるのです。これを使って何か面白いデザートは出来ないものかと、日々試行錯誤を続けている途中です。
クラールさんは相変わらずといった感じです。仕事の最中にひょっこりと現れては、知らないうちにふらっと居なくなったりします。特に城で縁談が始まろうとすれば即座に脱走してしまうので、逃げる王子を追いかける将軍さんと部下達の追いかけっこは半ば城の風物詩となっている様子でした。ただ、結局はいつも外に抜け出されてしまうのだとか。でも、最近は城に留まっている事が多い気がします。どうして何でしょう。そういえば、この前に初めてクラールさんにアイスを振る舞いました。食材には例の超高級林檎、カスピトレス・ミトレアンドロアップルを使用しました。満面の笑顔と共に「とても美味しいよ」との言葉を頂けたので、その時の私は心が天に舞い上がらんばかりでした。実際に体の方が天井に激突し、頭に大きなたんこぶが出来てしまったのですが。
同居生活こそ終わりましたが、ドーサックさんとは今まで通りの関係が続いています。流石に、前ほど頻繁に顔を合わせるという事はなくなったのですが、それでも休日には出来るだけ会いに行って店の手伝いをしています。最近は広場で果物を売る傍ら、アイスの販売も行うようになりました。これがまた大盛況で大繁盛です。王様御用達のお墨付き効果も勿論ですが、やはりこの世界でもアイスクリームは人々の支持を集められる食べ物なのだと思います。屋外の気温を完全に遮断出来る魔法の番重との相性もピカイチです。仕事が終わった後、私はあまり栄養バランスとかを考えていなさそうなおじさんに夕食を作ります。本人は「もういいから帰れ」と言ってくるのですが、いつも何だかんだで料理を美味しそうに食べてます。
忙しくも充実した毎日ですが……最近、私は元の世界に思いを馳せる事が多くなりました。こちらの世界にやってきて、もう随分と日にちが経ってしまいました。辛いというわけではないのですが、時折、ふと脳裏に浮かぶお母さんやお父さんの顔がひどく恋しくなる時があります。両親だけじゃなく、友達を始め、沢山の人達の事を。私が現在あてがわれている住まいは二階の一室なのですが、そこから見下ろす城下町の風景は壮観です。けれど、向こうに残していた人々に思いを巡らす時、決まって私は涼しげな夜風の吹き抜けるベランダに腰を下ろし、空を見上げます。たとえ世界を越え、周囲の様子が様変わりしたとしても、遥か上空で燦々と煌めく星達の姿は同じように感じられます。親しみを感じる風景を見つめながら、同じような景色をみんなも眺めているのだろうなと思うと、少しだけ寂しさが和らぐのです。
湿っぽい話は終わるとして……明日は久しぶりの休暇です。朝からドーサックさんの所に行って店を手伝う事になっています。おじさんにもしばらくは会えずじまいだったので、会うのが楽しみです。ただ、恐らく山のように溜まっているであろう洗濯物の事を考えると気が滅入ります。食生活の方も心配です。ドーサックさんは仕事には厳しいけれど、家事にも少し気を配ってほしいです。私が手伝いに来る事に慣れてしまったのか、最近は特にだらしがなくなってきたような感じがします。ここは一回、ガツンと言ってあげなければならないのかもしれません。
せっかくの休み、良い天気になるといいなぁ。
◎月×日☆曜日 春川ミズホ』




