最終話「私の大切な人達」 2
「ミズホちゃん、おめでとう」
気がつくと、穏やかに微笑むクラールさんが私のすぐ側に立っていた。
「クラールさん、ありがとうございますっ。ここまで来れたのもクラールさんのおかげです!」
「いやいや、僕は大した事をしてないよ。ほとんど君の力さ」
「フン、城の者どもから聞いたぞ。何やら儂の事を嗅ぎ回っておったそうじゃないか。どうせ、その小娘に吹聴していたのだろう」
「ほら、何事も情報収集ってのは大切ですし」
苦々しげに言葉を吐く国王に対し、クラールさんは宥めるように言葉を紡ぐ。一方、更に不機嫌な面持ちとなった父親は荒々しく言い放った。
「そんな無駄な事に費やす暇があるなら、縁談の一つくらいまともに受けんか。いっつも途中で逃げ出しおって」
――縁談?
突拍子もなく飛び出した熟語に私は首を捻る。縁談イコールお見合いだ。お見合いは男と女が結婚を前提にして会う事だ。思考を巡りに巡らせて、私は一つの推論に達する。
――ひょっとして、クラールさんがよく城を抜け出して城下町に居たのは……。
「いや、まあ」
痛い所を突かれたのか、クラールさんは乾いた笑顔を顔に張り付けながら、
「今は身軽でいたいんですよ」
「同じ文句を二十年以上も前から何度も何度も……儂はお前の将来を思って子供の頃から」
「いや、流石にあの頃は僕もそういうのに興味が無かったですし」
「儂もいつまで元気でおるか分からんというのに……せめて孫の顔くらいは拝みた」
「あー、はいはい。まあ、そのうちに誰か見つけます……というか大体、父上が意固地になるからいけないんじゃないですか」
このままでは埒が明かないと思ったのか、クラールさんはさらりと話題を変えた。その事が更に気に食わなかったのか、父親はよりいっそう顔をしかめる。
「だから儂は意固地になってなどおらんと言っておるだろうが」
「絶対に美味しそうな顔してましたって」
「まあ、不思議な味のする冷菓が新鮮だったのは事実じゃが」
「あ、認めましたね」
「この放蕩息子が!」
国王は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「確かに儂はそこの娘の冷菓を美味だとは感じた! しかし、この城に住まわせる程ではないと思ったから失格にしたのだ!」
「じゃあ、何で今回は合格にしたんですか?」
「そ、それはだな」
息子から率直な質問を受け、父親は言いよどむ。そして、
「……うむぅ」
と、貫禄のある腕組みをしながら低い唸り声を上げた。そのまま、幾ばくかの時間が過ぎ去る。しばらく考え込んだ後、国王はゆっくりと告げる。
「気持ち的に、こう、豊かになれるからかの」
「……何ですか、それ」
その場にいた国王を除く全員の心境を、クラールさんが代弁した。
「父上、頭の中に御花畑でも出来てるんじゃないですか?」
「馬鹿者! 儂はまだ呆けてなどおらん!」
父親から物凄い剣幕で怒鳴られるも、全く意に介していない様子の彼は小さく肩を竦めつつ、
「だって、曖昧すぎて意味がよく分かりませんよ」
「じゃあもう少し、黙って待っとれ。すぐハッキリと言葉に出来るような理由ではないのだ」
不機嫌そうに言った後、国王は両眼を瞑って再び思案に耽る。目を閉じたまま、王は未だ悩んでいるかのような口調で話し出す。
「簡単に言えばだ、今までの奴らが儂に差し出したのは、食べごたえがなかったのだ」
「と、言うと?」
絶妙のタイミングでクラールさんが相づちを入れる。それを受け、王はフンと大きく鼻を鳴らして、
「つまりだ、出される菓子はどれもこれも、見かけだけは小綺麗だったのじゃが……口に入れるとなると、それはそれはとても貧相な味わいだったのだ」
「貧相?」
「うむ。見てくれだけは一流のちっぽけな砂糖菓子やら、一つの味しかない焼き菓子やら……儂はもっとゴチャゴチャした物が食いたかったのに、どいつもこいつも体裁ばかり整えた物ばかり持ってきおった。じゃから儂はこれまでの優勝者全員を失格にしてきたのだ」
国王の話を聞いているうちに、私の心に芽生えていた疑惑がだんだんと確かなものになっていった。
――もしかして、今まで合格者が出なかったのは。審査の段階で、国王が好みそうなお菓子が全部落選していたからなんじゃ……。
チラリ、と私は国王の後ろに佇む審査員達を見やる。メイド長、料理長、将軍。その誰もが冷や汗を浮かべつつ、『私は何も知りませんよ?』といったとぼけ顔を明後日の方向へと向けていた。どっからどう見ても、少なからずの引け目を感じているのが一目瞭然である。
「その点、今回の冷菓は実に素晴らしかった」
彼らの様子に気がつく事もなく、国王は満足げに頷きながら言葉を続ける。
「何しろ、見た目にも彩り豊かで、部分部分で違う味も楽しめたからの。ああいうデザートなら、儂も大満足じゃ」
――ああ、やっぱり。
コンテストの裏側にあった真実を悟ると、何だか急に疲れが押し寄せてきた。つまり、国王から合格の言葉を頂くには、沢山の食材をふんだんに使ったデザートを出せば良かったのだ。せっかく頑張ってパイナップルを取りに言ったのに、何だかなぁ。先ほどまでの命を落としかねない苦労は一体なんだったのか。森での苦難を回想しつつ、私は心の中でガックリと肩を落とす。隣のクラールさんに視線を移すと、彼もまた何ともいえない表情で審査員達に白い眼差しを向けていた。兵士達は状況が把握できていないのか、誰もがポカンとしてその場に立ち尽くしている。ただ一人、国王だけが先ほど食べたアイスの余韻に浸っているのか、御満悦といった様子だった。
――でも、まあいいか。
口元に幸せそうな笑みを浮かべている白髭の老人を眺めているうち、私の頬も次第に緩んでいく。
――だって、これから城に住めるのは、紛れもない事実なんだから。
何はともあれ、私の壮大な職探しはこうして幕を閉じ、私は晴れて城で働く菓子職人となったのでした。




