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アイスクリームの魔法を手に入れた!~森の魔女と、魔吸の禁術~  作者: 悠然やすみ
第一章「アイスクリームの魔法を手に入れた!」(2013年11月3日に完結済みです)
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第四話「珍しき果実を求めて」 11

 急に訪れた静寂の中、私が恐る恐る目を開くと、そこには既に巨大な魔物の姿はなかった。その代わり、バケツ一杯分くらいの大きさがあるコーンが地面に落ちていて、その上には脂まみれの深緑色をしたアイスが乗っていた。絶対に美味しくないだろう。


――でも、とにかく作戦は成功したって事だよねっ。


 私の心に澄み渡るような安堵の気持ちが広がっていく。まさか、自分の力がこんな事に役立つだなんて、今まで思ってもみなかった。


 しかし。今回の出来事で、如何に自らの能力が危険なものであるか、私はまざまざと思い知らされた気分になった。


――だって、どんな物でもアイスに変えられるって魔法だもんね……。


 これまでは全く自覚していなかったけれど、私が女神様から授けられた『アイスクリームの魔法』は、見方を少し変えれば、どんな敵も一撃で葬る『即死の魔法』と言っても過言ではない。何せ、あらゆる物体をアイスへと変貌させられる代物なのだから。使いようによっては、一国を滅ぼす事はおろか、この世界を掌握する事だってさほど難しい事ではないような気がした。


――これを使えば世界征服だって不可能じゃないよねっ。えへへ……。




「へえ、これがミズホちゃんの作る『アイスクリーム』ってデザートかぁ」




 私の中に突如生まれた邪悪な欲望を、一人の青年が嬉しそうに発した言葉が瞬く間にかき消す。


「えっ?」


 我に返った私の視界に、森トロール味アイスの乗ったコーンを大事そうに両手で抱えこんでいるクラールさんの姿が映りこむ。先ほどまでの激闘から解放された彼の顔は喜びと好奇心とで綻んでいるように見えた。


「しかし凄いんだね、君は。一時はどうなる事かと思ってたけど、まさかこんな強力な魔法の使い手だったなんて」


「あ、あの、クラールさん」


 私は慌てて彼に忠告しようと早口で告げる。


「褒めてもらえるのはとっても嬉しいんですけどっ。でも、そのアイスは」


「いやあ、実を言うと前から食べてみたかったんだよね。君の作るデザート」

「あ、食べちゃだ……」


 皆まで言い終わるより前に、クラールさんはあんぐりと口を大きく開き、汚らしい緑色の物体に勢いよくかぶりついた。


――食べちゃった。


 自分の顔からサーッと血の気が引いていくのがハッキリと分かった。


 そして、次の瞬間。


「ガハッ!」


「ク、クラールさん!? クラールさーん!」


 周囲に緑色の液体をぶちまけながら、白目を剥いた青年はドサリと力なく地面に倒れ込んだ。慌てて私は彼の側に駆け寄り、その体を激しく揺する。腐った汗のようなキツい臭いが鼻にツンとくるも、何とか我慢した。


「クラールさん! 起きて下さい! まだ死んじゃ駄目ですっ!」




「あははははは、うへへへへへ、いひゃひゃひゃひゃひゃ」




 アイスの味があまりにも刺激的過ぎたのか、彼の頭はどうやら完全にパンクしてしまったらしい。どれだけ呼びかけても壊れた機械のような音が返ってくるだけで、私は途方に暮れてしまった。


「どうしよう……このままじゃマズいよっ」


 近くに何か、役立つものは落ちてないだろうか。遂に泡を吐き出したクラールをゆっくりと地面に横たえた後、私は藁にも縋るような思いで周囲を四つん這いで探り始めた。ミューちゃんは時折ピクピクと痙攣している王子を興味深げに覗き込んでは、距離を取っている。どうやら、この悪臭は彼にとっても堪らないらしい。


「うう、こういう時に使える薬草とか生えてないかなぁ。でも、よくよく考えると私ってそっち方面の知識はないし……あ」


 猫の手も借りたいくらいだと思っていた矢先、近くの茂みに突っ込んだ指先が何か柔らかいものに触れる。引っ張ろうとしたが、ビクともしない。どうやら少し重い物らしい。私が両手を使って、『ソレ』をようやく茂みから姿を現した。




 ほの白い、人間の手である。




「うーん、確かに猫の手も借りたいって思ったけど、手だけ借りてもなぁ……って」


 だんだんと自分の目の前にある物体がどれだけ異質かを実感し始め、私は『ソレ』から手を離して大声を出した。


「ひ、ひ、人の手!?」


 どうしてそんな物が茂みの奥に存在していたのか。私が推測出来る理由はただ一つである。つまり、この中には人の体が放置されているのだ。


――こんな所にずっとあったのなら、きっと亡くなられて……って動いてる!?


 急に手が引っ込んだかと思うと、ガサガサと茂み全体が激しく揺れる。予想だにしていなかった事態を受け、私は自然と後ずさろうとした。


 後ずさろうとした私の右足を、再びヌッと突き出てきた白い指先がむんずと掴む。そして、茂みの奥から何者かがすっくと立ち上がった。


「ひええええええ!」


 得体の知れない恐怖感に取り付かれ、私は絶叫する。頭がこんがらがって、何が何やら分からなくなった。ただ一つ確信を持って言える事は、目の前の相手が生きた人間ではないという事だ。生きた人間ではないという事はゾンビだ。そう、ゾンビだ。ゾンビだよっ。テレビでやってた映画で見た事あるもん。このままじゃ噛みつかれて私もゾンビになってしまう。なら、そうなってしまう前に……。混濁した思考の中、私は先ほど森トロールにしたように目の前のゾンビを指さした。


「アイスになあ……」




「あれ、どうしてこんな所に王子様がいらっしゃるの?」




 この場に違わない、ひどくおっとりした女性の声が、絶賛発狂中である私の耳に届いてきた。

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