第四話「珍しき果実を求めて」 7
「……え?」
クラールさんの提案に、私は自ずと戸惑いの声を上げていた。
「何でクラールさんが取りに行くんですか?」
「何でって、そりゃあ」
彼は小さく肩を竦めつつ、曇りない笑顔で私の質問に答える。
「君みたいなか弱い女の子を危ない場所に連れ出すわけにはいかないだろう」
「でも、これは私の問題ですし」
「そんな気にしなくたっていいよ」
「クラールさん」
私は以前からだんだんと感じ始めていた疑問を率直に切り出した。
「どうしてクラールさんは、そんなに私の事を気にかけてくれるんですか?」
「……え」
今度は、彼の方が言葉を失う番だった。私は視線を大の字型凹凸の出来ている床に逸らしながら、おずおずと話を続ける。
「だって、その、私はただのしがない果物売りですし、クラールさんは王子ですし……」
一国の後継者である彼が、一介の小市民に過ぎない私に対して取る行動としては、あまりにもおかしいと思ったのだ。
「うーん……」
しばらく、クラールさんは小さく唸りながら腕組みをして深く考え込む。その淡い光を湛えた眼差しは絶えず様々な方向へ揺れ動いていた。私は彼が口を開くその時を、じっと待つ。心なしか、周囲でそれぞれの仕事に勤しんでいる使用人達もまた、私達の会話にそれとなく聞き耳を立てているような気がした。
やがて、クラールさんはゆっくりと喋り始める。
「そうだなあ……一言でいえば、一緒にいて退屈しないからかな」
それに、と彼は小さなクスクス笑いを洩らしながら、
「君を放っておくと、いつかとんでもない事をやらかしそうだからね」
「え、ええっ!?」
「まあ、今のは半分冗談だけど」
「半分は本気なんですかっ!?」
「とにかく、さ」
私の抗議の声を爽やかにスルーして、クラールさんは私の瞳を真っ直ぐ見つめながら穏やかな口調で言葉を続けた。
「僕が好きでやっている事なんだから、君が後ろめたく思う必要なんか全然ないよ。第一、君は目的地までの道のりを知らないだろ?」
「あっ」
確かに彼の言う通りだった。パイナップルが生えているという森の事を、私は全く知らない。
「だから、僕が行かなきゃならないのさ」
「……なら、せめて私も一緒に連れていって下さい!」
「ミズホちゃん……」
びっくりしたように目を見開いている彼に、私は強く懇願する。
「やっぱり私の問題ですから、クラールさんだけに危ない事を押しつけるわけにはいきませんっ!」
「すごく危険なんだよ?」
「承知の上ですっ! 既に覚悟は出来てます!」
少しの間、クラールさんと私は深く見つめあった。やがて、意を決した様子の彼は重々しく頷く。
「分かった。それじゃあ一緒に行こう。でも、そうなるともしもの時の備えが必要になるね」
ちょっと待っててくれ。そう言い残し、彼は再び城の中へと歩いていった。
ホールへと戻ってきたクラールさんが連れていたのは、私の予想を遙か斜め上に越える代物だった。
「ク、クラールさんもスカンクを飼っていたんですかっ!?」
そう、彼の足下にいたのは白黒の体色が特徴的なあの生き物だったのだ。この世界に来て間もなかった頃に体験したおぞましい悪夢が再び脳裏に甦り、私は身震いする。
「いや、僕が飼ってるわけじゃないよ」
クラールさんはあっけんからんとして答えると、そのまましゃがんでスカンクの背を優しく撫でる。スカンクは両目を瞑って嬉しそうに尻尾をブンブンと振った。
「この子はメイド長さんのペットなんだ」
「えええええ!?」
むしろ、そっちの方がビックリ仰天だった。驚きから口をあんぐりと開けて固まる私に対し、彼は平然とした表情で語り始める。
「なんでも癒し屋を経営している妹さんのスカンクが沢山の子を産んだらしくてね、それで一匹お裾分けしてもらったそうだよ」
「メイド長さん、癒し屋さんのお姉さんだったんですか……」
更なる衝撃の新事実発覚である。そういえば、今にして思い返すと、雰囲気が何となく似ていた気がしないでもない。どっちも眼鏡かけてたし。
――世間って、狭いんだなぁ。
何故か、私の胸中に不思議な感慨がふつふつと湧いてきた。
「ちなみに名前はミューちゃんだ」
「ミュ、ミューちゃんですか……」
呆然とした声色で、私はクラールさんの補足に応答する。姉妹揃って、表の性格からは想像出来ない、チャーミング過ぎる命名だと思った。そういえば、妹さんの方はどんな名前を付けてたっけ。ああ、そうだ。確か一匹はゴマちゃんだった。
「でも、どうしてその子を連れてきたんですか?」
私は首を傾げながら目の前の小さな生き物をじっと観察する。その一応は愛らしい外見を見ている限りでは、危険な森で役立ちそうにはとても思えなかった。
「それは向こうに行けばすぐに分かるよ」
クラールさんは謎めいた笑みと共にゆっくりと立ち上がり、自身の服装を一度しっかり点検した後、明るい声で私に告げた。
「それじゃあ、そろそろ出発しようか。期限が近い以上、ここでいつまでも無駄な時間を過ごしているわけにはいかないからね」




