第四話「珍しき果実を求めて」 6
王への謁見が終わってしばらく経った頃、私は入り口のホールの隅っこに立っていた。
「クラールさん、まだかなぁ」
そこらかしこで作業をしている使用人達の姿を眺めながら、私は待ち人の名を呟いた。
あれから部屋を退室した後、彼は途方に暮れる私に、『君は城の入り口で待っていてくれ』と告げた後、どこかへと歩いていった。最初、私は城の入り口と聞いて門の辺りまで歩いていったのだが、例の門番一号二号が口々に、『いやあ、良かった良かった』とか、『これで城の平穏は守られた』などと聞こえよがしな嫌味を延々と言ってきたので、ホールまで引き返してきたのだ。
「うう……何だか無性に悔しいよぉ」
再び床を濡らす私に、雑巾掛け中のメイド達が冷たい視線を向けてくる。でも、しょうがないじゃない。涙は止めようと思って止まるものじゃないもん。
「やぁ、待ったかい」
その時、王子が優雅な足取りで階段を下りてきた。
「あ、クラールさん」
パッと泣き止んだ私は彼に歩み寄る。
「何しに行ってたんですか?」
「いや、実はね」
話によると、クラールさんは城の人達から色々と話を聞いてきたらしい。集まった情報によれば、国王は昔、亡き王妃がよく作っていたデザートをよく好んで食べていたのだそうだ。
「それは一体、どんなデザート何ですか!?」
有益そうな知らせを受け、私はクラールさんに飛びつかんばかりの勢いで訊ねる。彼は後ずさりしつつ質問に答えた。
「昔から城に勤めている人達によるとね、蜂蜜の中に色々な果物を漬けたものだったらしい」
「あっ! それなら材料が簡単に集まりそうですね!」
幸い、私が準備していた食材の中にも蜂蜜はあった。果物は言わずもがなである。これらを組み合わせて同時に変化させてしまえば、懐かしい味を秘めたアイスクリームの誕生だ。それを堪能した王様はきっと喜ぶに違いない。
しかし、何故かクラールさんは神妙な面持ちになる。
「それがだね、ミズホちゃん。実はそう簡単にいきそうもないんだ」
「え、どうしてですか?」
自然と首を傾ける私に対し、彼は頬を掻きながら、
「そのデザートを作る際、母上はいつも『あるもの』を欠かさず入れていたらしいんだけど……それがまた貴重な果実でね」
「へえー、何て言う果物ですか?」
「パイナップルだよ」
――ドテン。
そんな擬音語と共に、私は直立している状況から盛大にずっこけるという離れ業を成し遂げた。
「パイナップルがどうして貴重なんですかっ!」
「え、そんなに驚く事かい?」
クラールは何故か困惑の表情を浮かべる。
「だって、パイナップルなんてどこにでも……」
売ってあるじゃないですか。そう言葉を結ぼうとしたのだが、私が実際に口にする事は叶わなかった。よくよく考えると、確かに元の世界ではスーパーに行けばいくらでも缶詰入りのやつを買う事が出来たのだが、こちらの世界に来てからは全くといって良いほどに見かけていない。ドーサックさんが店に並べている事も皆無だったように思う。
――つまり、ここじゃパイナップルは珍しい果物なのかな?
小難しい事はよく分からないが、もしかすると流通の関係なのかもしれないとふと思った。
「ミズホちゃん、どうしたんだい?」
急に黙ってしまった私に対し、クラールさんは気遣いの言葉を掛けてくる。私は慌てて首を横にブンブンと振った。
「いいえ、何でもないです。それより、さっきの話……パイナップルが珍しいっていうのは本当なんですか?」
「うん、本当だよ」
「どこかの店に売ってあったりとかは」
「多分、期待しない方が良いだろうね」
どうやら、先ほどの言に違わず希少な物品らしい。
「それじゃあ、どうすれば入手出来るんですか?」
途方に暮れた私が問いかけると、彼もまた杞憂な顔つきになり、いつになく深刻そうな口調で説明を始める。
「パイナップルが生息しているのは、どこも凶悪なモンスターが無数に生息している場所だと相場が決まっているんだ。僕も王都周辺で一ヶ所だけ心当たりがあるけれど、そこは真昼でもまともに日差しが入ってこないような深く陰鬱な森でおぞましい化け物が日常的に闊歩……って、ミズホちゃん? 大丈夫かい?」
話を聞いていくうちにだんだんと、うつ伏せで床にめり込んでいった私の耳に、彼の心配そうな声が入ってくる。危うく窒息しそうになった所で、私は何とか身体を立ち上がらせた。半狂乱に陥った思考の中、私は懸命にクラールへ訴えかける。
「だって、そんなの変すぎますよっ! どうしてパイナップルなんかがそんないかにも危険そうな所にしか生えてないんですか! パイナップルなのに!」
「ぼ、僕に聞かれても困るよ」
「絶対におかしいです! 間違いなく何かが狂ってるんです! ひえあああああああああああ!」
「ミ、ミズホちゃん! 落ち着いて!」
結局、クラールさんの必死の宥めにより、私が正気を取り戻すのには数分を要した。
「とにかく、だ」
騒動がひと段落ついた後、彼はゴホンと小さな咳払いをして、私にこう告げた。
「僕は今からその森に行ってパイナップルの果実を取ってくるよ。だから、君はここに残って僕の帰りを待っていてほしい」




