第四話「珍しき果実を求めて」 1
「ドーサックさーん! 私やりましたあああああああ!」
「おいこら待て! 売り物の中に突っ込もうとするな!」
時刻は夕方真っ盛り。城から脱兎の如き疾走で駆け戻ってきた私の体を、ドーサックさんは陳列棚に激突する一歩手前で引き戻した。
「ありがとうございますっ! おかげで助かりました!」
「おかげで助かりましたじゃねえ! 後少しで商品が全部パーになってしまう所だっただろうが!」
「うう、すみません……」
お叱りを受け、私の気分は浮かれバンザイの頃からひどく落ち込む。そんな私の姿を見てか、おじさんは口元の髭を手で弄くりながら微笑んだ。
「優勝して嬉しいってのは分かるが、少し落ち着け」
「はい……って、え?」
腑に落ちない諫め方をされ、私は自然と首を傾げていた。
「どうして、ドーサックさんが知ってるんですか? 私がコンテストに優勝したって事」
すると、彼は小さく吹き出しながら、おかしそうに種明かしをする。
「そりゃあ、あれだけ上機嫌で走ってこられれば、誰だって分かるだろうさ」
「あ」
グウの音も出ない正論だった。とにかく、とおじさんはバシバシと私の背中を叩きながら快活に言葉を続ける。
「有言実行とは大したもんだ。おめでとうさん」
「えへへ、ありがとうございますっ」
私は顔を俯けて小さく頭を下げながら、目から大粒の涙を溢れ流して懇願した。
「でも、かなり痛くなってきたのでそろそろ叩くの止めて下さいっ」
「お、わりいわりい。つい嬉しくてな」
ドーサックさんは手を離してくれたが、恐らく私の背中は今頃真っ赤に腫れ上がっている事だろう。未だにヒリヒリする。
――でも、嬉しいって言ってもらえた。
多分、さっきの言葉は紛れもない本音だろう。私の心がほんのりとした温かくなる。
「とにかく、優勝したって事は」
そこで一旦言葉を切り、おじさんは私に含むような笑みを向けた後、大声を張り上げて宣言した。
「今日はお祝いに、夕飯はお前の好きな物だ!」
「ほ、本当ですかっ!?」
予期せぬサプライズを受け、私のテンションは急上昇していく。
「ああ、何が食べたい?」
「讃岐うどんがいいです! 二杯食べたいです! 後、いなり寿司もお願いします!」
「讃岐うどん二杯にいなり寿司だな!? よし、分かった!」
私の即答に力強く頷き、ドーサックさんは一度店の中へ戻っていくと、財布を手に持って再び表に出てくる。そして、
「それじゃ、いつもの所に出前を頼んでくる。店仕舞いよろしくな」
「はい、分かりました!」
通りを意気揚々とした足取りで歩いていくおじさんの後ろ姿を見送った後、私は閉店作業に取りかかった。仕方ないとはいえ、電話で頼めない出前は何とも不便なものである。そんな事をふと考えながらも、私は棚を動かしながらいずれ来る至福の時を想像して涎を垂らした。
「どうだ、美味いか?」
「はい、美味しいです。えへへ……」
コシのある麺を思い切り啜りながら、私はドーサックさんの質問に答えた。時間は夜になったばかり、場所は居間である。いつも使っている食卓には私の分のうどん二杯にいなり寿司と、おじさんの分のうどん一杯とフライドチキン数本が載せられていた。
――やっぱり、日本食って良いなぁ。
幸福な気分を味わいながら、私は心の中で呟く。異世界に讃岐うどんといなり寿司があった事は、まさに奇跡的であった。普通のうどんと寿司は何故か存在していないみたいだけど。
「それにしても、まさかお前が城で働く事になるとはな」
「次は王様に気に入ってもらわなきゃいけないんですけどね」
「そうなると、いよいよお前もここから出ていく日が来るな」
どこか悲しげな微笑を浮かべながら、ドーサックさんがしみじみとした口調で呟く。
「え……」
自然と止めた箸から、麺がずり落ちて器の中に戻っていった。
――私がいなくなったら、ドーサックさんはまた独りぼっちになっちゃうんだよね……。
正直な気持ちを言えば、コンテストに参加しなくても別に構わないのではないか、という疑問はずっと前からあった。ここに残り、ドーサックさんと共に果物屋を繁盛させる為に頑張っていく。そんな毎日でも良いじゃない、と。けれど、そんな事を考える度に、頭にはすぐ別の人物の姿が浮かんでくるのだ。
そう。穏やかな笑顔がよく似合う、あの青年の姿が。
――でも、城に行ったからって、ドーサックさんと会えなくなる訳じゃない。
確かに忙しくなって、今ほどは頻繁に顔を合わせる事は出来なくなるかもしれない。けれど、例えば休日にだって、会いたいと思えば会いにいける筈だ。ここは城下町の店なのだから。
だから、私は彼にこう告げた。
「もし城で働く事になっても、私、時々はここに戻ってきます。戻って、ドーサックさんの手伝いに来ます。今みたいに、店番をしたり、広場の方に売りに行ったりします」
ドーサックさんは私の言葉を聞いて、すぐには返事をしなかった。しばらくの間、彼は言葉を失ったように私を見つめ続けていた。そして、数分が経った後、彼はいつものような豪快な笑顔を浮かべてこう口を開いたのだ
。
「……おう、うんとこき使ってやるからな」
意地悪な事を言い出したドーサックさんの目は、ちょっぴり潤んでいるような気がした。




