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アイスクリームの魔法を手に入れた!~森の魔女と、魔吸の禁術~  作者: 悠然やすみ
第一章「アイスクリームの魔法を手に入れた!」(2013年11月3日に完結済みです)
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第三話「コンテスト開幕!」 6

 思わぬ言葉を聞いて、私は首を傾げざるを得なかった。


「昔話……ですか?」


 私の問いかけに対し、


「ああ」


 と短い返事を発した後、ドーサックさんは物思いに耽るような顔つきで天井を見上げる。私はおじさんの様子に只ならぬ雰囲気を感じ取った。今まで、彼がそのような表情を私の前で浮かべた事は無かったからだ。


 そのまま、互いに何も喋る事なく、幾ばくかの時間が過ぎた。


「どこから、話そうか」


 柄にもないしんみりとした口調で、ドーサックさんはおもむろに口を開いた。


「俺には妻がいるんだ」


「え、そうだったんですか」


 驚愕の新事実を受け、私は目を見開く。という事は、私が使わせてもらっている部屋は奥さんの寝室なのだろうか。そう考えると、予め室内に女性用の衣服が収納されていた事にも辻褄が合う。


 けれど、その考察には明らかな疑問点が存在していた。


「でも、それならどうして店にも家にもいないんですか? 私、見かけた事ないですけど」


 率直に疑問を口にする。するとドーサックさんはその厳つい風貌には似つかわしくないような弱々しい微笑みを口元に湛え、ポツリと呟くように言う。


「今は、遠い所に行っちまっててな」


「あ……」


 途端、私の胸中を深い罪悪感が埋め尽くした。その言葉の真意を、私はおじさんのしんみりとした口調から察する事が出来たからだ。


――もしかして。


 心の中で言葉には出来ても、実際に口には出せなかった。


「お前が来る、一ヶ月ほど前の事だったかな」


 私が何も言わなかった為か、上を向いたままのドーサックさんは話を続ける。


「前触れもなくいきなりだったから、そりゃ参ったさ。けど、いつまでも落ち込んではいられなかった。何しろ、料理やら洗濯やら、ほとんどの家事はアイツに頼ってたからよ。何から何まで四苦八苦してた……そこにお前が来たんだ」


 おじさんは顎を引くと、私を真っ直ぐに見つめた。そして、すぐに苦笑を洩らす。


「最初はとんだ馬鹿娘がやってきたと思ったよ。いきなり『自分は異世界の人間だ』なんて言い出すんだからな」


「そ、それは聞き捨てならないですっ」


 頬を膨らませて軽口を返しながら、私は少しだけ心の重石が軽くなったのを感じた。


「まあ、色々とトラブルもあったが、お前はよく働いてくれたよ……実を言うと、俺と妻は子宝には恵まれなくてな」


 ドーサックさんは私から視線を逸らし、宙に視線をさまよわせながら、独り言のように呟く。


「だからお前と生活してると何となく……って、何を言ってるんだ俺は」


 急に頭を振り、おじさんは再び真正面から私を見据えた。その吹っ切れたような顔には、私が今まで見た事がないような、力強く優しげな笑顔が表れていた。




「別に俺がどうこう口出し出来るような事じゃない。お前がうちの仕事を辞めて城に行っても、俺は一向に構わないさ。お前の人生は、お前が決めて良いんだ」






 ドーサックさんとの話を終え、私は自室に戻っていた。窓の外からは仄かな月の光が射し込み、部屋の中をぼんやりと照らしている。明日の仕事もあるのだから、早く眠りにつかなければならない。その一心からベッドに潜り込んで布団を頭から被ってみるものの、どうしても寝付けなかった。


――お前の人生は、お前が決めて良いんだ。


 頭の中で、ドーサックさんの言葉がそっくりそのまま再生される。今にして思えば、厳しい事も沢山言われたけれど、おじさんは真摯になって色々な事を私に教えてくれた気がする。まるで、私の本当の父親みたいに。


――家族、かぁ。


 ふと、元の世界に残してきた両親を思い出す。ズボラで家事をサボるけれど、私がテストで百点を取った時は心底嬉しそうに頭を撫でてくれたお母さん。休日は寝てばかりいるけれど、平日は夜中まで帰って来ずに会社に居残っているお父さん。いつも優しいお婆ちゃんにお爺ちゃん。


――帰って、会いたいな。


 家族だけじゃない。従姉妹や友達、ご近所さん。沢山の人々の顔が走馬燈のように浮かんでくる。私がいなくなって、みんなどうしているだろうか。心配してくれてるだろうか。警察に捜索願いを出してくれているだろうか。学校にやってきた記者の人に、『早く見つかってほしいです』と涙ながらに訴えてくれているだろうか。『いつかは何かやらかすと思っていた』とか『大して不思議でもない』とか平然として口に出してはいないだろうか。


――元の世界に戻れば、また普通の生活が始まるんだよね。


 家では家事怠慢の母親に代わって風呂掃除やら洗濯やら。学校では息をつく暇もないような受験対策の授業。そして、こちらの世界にやってきてからは全くと言っていい程に勉強していない私を待ち受けるは、高校入試という断崖絶壁。よくよく考えると、こっちで悪戦苦闘しているうちに、数学の公式やら社会の暗記事項だとか、綺麗サッパリ頭から抜け落ちてしまっていた。参考書はおろか、教科書すら売ってないし。




「やっぱり、当分は帰らなくてもいいや……グゥグゥ」


 悩みがひとまず解決した途端、強い睡魔に襲われ、私はそのまま眠りの世界に引きずり込まれていったのだった。

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