第三話「コンテスト開幕!」 7
ついに、デザートコンテストが開催される日がやってきた。
その日、私はいつも通りの時間帯に目を覚ました。昨夜は緊張して眠れなかったらどうしようという不安を抱いていたのだが、そんな懸念がせわしなく頭の中を渦巻いているうちに案外コロッと眠りに落ちた。考え込むのに疲れたとも言う。
とにかく、普段通りの日課に従って、箒を手に持ち店の前に出る。すっかりここでの生活にも慣れたものだと、私は地面に散乱する落ち葉を掃きながらしみじみ思った。
仕事を淡々とこなしているうちに、ドーサックさんが一階に降りてきた。おはようの挨拶を交わした後、しばらくして私は食事の準備をする。程なくして、私達は居間の丸テーブルに向かい合って囲んだ。今日の朝食はカリカリに焼いたベーコン数切れに目玉焼き一枚、そしてこんがりとしたトーストという簡素なメニューだ。ちなみに私はバター派、おじさんはリンゴジャム派である。
普段でも私が口を開かない限り静かな食卓が、今日は殊更にひっそりとしている。
「いよいよ、今日だな」
紅いジャムをこれでもかと言うくらいに塗りたくった食パンをかじりながら、ドーサックさんは広げた新聞から顔を上げて口を開いた。
「はい、今日です」
私がコクンと頷いたのを見届けてから、おじさんは再び手元の紙へ視線を落として、
「忘れ物だけはしないようにしておけよ」
と素っ気なく忠告した後、目の前の記事を穴が空きそうな程に注視していた。一度もページをめくらなかったのが少しだけ不思議だったが、恐らくは興味を引きつけられる事件でも書かれていたのだろう。
食事を終えると、いよいよ出発の準備だ。身だしなみをしっかり整え、城に持っていく荷物を店で買ったバッグに詰め込んでいく。服の選択には、直前になって大いに頭を悩ませられる羽目になったが、迷った末に異世界へやってきた当日に身につけていた水色のブラウスと白のスカートを久しぶりに着る事にした。審査を受ける際に少しでも目立った方が良いと思うし、自分にとっても一番動きやすい服装でもあるからだ。ちなみに、強制送還される前に付着してしまっていた赤いペンキは綺麗さっぱり落ちてしまっている。いやはや、清めの魔法が込められた石鹸は素晴らしい。それなりに値段は張ったけれど。
最後にもう一度、持ち物を確認する。
「……よし、忘れ物は無しっと」
これで、準備万端だ。
荷物詰め込んだバッグを肩に掛け、一階に降りる。いつもなら、私も店番か番重を抱えて営業に出ている時間帯だ。既に店の主は店に出て来客に備えている。
私はその大きな背中に向けて呼び掛けた。
「あの、ドーサックさん」
「おう」
振り向いたおじさんは私の服装を見て目をまん丸くする。
「おい、何て格好してる」
「え、駄目ですか?」
眉を潜める私に対し、ドーサックさんは大げさに溜息をついた。
「そりゃお前……城に行くんだからそれなりに身なりは整えないといかんだろ」
呆れたような物言いに、私は遺憾の意を示す為に胸を張り、腰に手を当てて両目を瞑る。
「いいや、今日はコンテストです。目立った方が有利なのは明白なんです」
「目立ちすぎて失格にならなきゃいいが……」
「そ、それはどういう意味ですかっ」
頬を膨らませて目を開く私の視界の真ん中に、苦笑を浮かべたドーサックさんの姿が映った。
「なあに、冗談だよ、冗談。ま、お前なら失格になっても合格しちまいそうだとは思うけどよ」
「え、それって誉められてるんですか?」
「当たり前だ」
小首を傾げる私の肩を、おじさんはごわごわした手のひらでバシバシと叩いてくる。まぁ、誉められているなら悪い気はしない。私の表情が自ずと緩んでいく。
「参加証、持ったか?」
「はいっ」
「材料、しっかりと揃ってるか?」
「さっき点検しましたっ」
「道具もか?」
「勿論ですっ」
「本当に忘れ物、ないだろうな?」
「大丈夫ですっ」
「じゃあ、最後に言っておく事が一つある」
「えっ?」
唐突に告げられた言葉に、私は戸惑う。ドーサックさんは真剣な、しかしどこか優しげな面持ちで私を見つめ、穏やかな口調で言った。
「もし、だ。お前がそのデザートコンテストとやらに落ちたとしても、その時はここに帰ってくれば良い。たとえお前が城で働く事になったとしても、この店はお前の家だ。余計な心配なんてしないで、しっかり実力を出してくるんだぞ」
「ドーサックさん……」
瞼の奥に熱い物がこみ上げてきて、私の視界がじわじわと潤んでいく。一方、おじさんは照れくさそうに頭を掻いた後、
「ほら、グズグズしてると遅刻するぞ。さっさといつもみたいに行ってこい」
と、私を促す。私は力強く頷いて歩きだし、家の前で一旦立ち止まり、振り向いた。そして、おじさんに精一杯の笑顔を向けて、彼への様々な想いを込めて告げる。
「ドーサックさん……私、行ってきますっ!」
「おう、しっかり頑張れよ!」
「はいっ!」
おじさんに背中を押されるようにして、私は晴天の下を走り出した。




