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アイスクリームの魔法を手に入れた!~森の魔女と、魔吸の禁術~  作者: 悠然やすみ
第一章「アイスクリームの魔法を手に入れた!」(2013年11月3日に完結済みです)
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第三話「コンテスト開幕!」 2

 十数年も人が住んでいなさそうな外観だけあって、家屋の内部は荒れ果てていた。前に住んでいた人々の物と思しき古ぼけた靴々が玄関に散乱している。その間を縫うようにして、クラールは家の中へと入っていった。私も彼の後に続く。


 短い廊下を横切ってたどり着いた居間は先ほどの玄関より更に酷い様相を呈していた。元々はそれなりの値段がしただろうソファはその所々が破れ、その中から綿が生き物のようにはみ出している。足の一本折れたテーブルがバランスを崩しながらも辛うじて立っている様は、まるで怪我人が膝をついて苦しんでいるようにも映った。床には所々に数センチほど積もった塵埃の山が出来ていて、辺り一面には割れた陶器が見るも無惨な姿で横たわっている。王子は何やら重々しい表情で、寂れた住まいの節々に視線を巡らせていた。


――なんだか、深夜になったらお化けが出てきそうな場所だなぁ。


 ふと、小学生の夏休みにクラスメイト数名と行った肝試しの事を思い出す。夜の学校に忍び込み、昼間のうちに空き教室へ隠していたお札を一人一枚ずつ取ってくるというルールだった。中に入っていく順番は公明正大にジャンケンで決められたのだが、私は最悪な事にトップバッターをやらされる羽目になってしまった。友人達の面白がる声をBGMにして、私は独り薄暗い校舎の中へと入っていった。不幸中の幸いだったのは、私の探索中に怪異が全く起こらなかった事だ。理科準備室の骸骨が部屋の中を歩き回っていたり、音楽室からピアノの不協和音が響きわたっていたり、体育館の隅に小さな女の子がうずくまっていたりしていたが、それらはごく当たり前だったし怖がるべき事でもなかった。とにかく、私は難なく空き教室のお札をみんなの所へと持ち帰ったのである。


 しかし、問題が起きたのは私の次に校舎へと歩いていった大人しい女の子の番だった。いつまでも戻ってこない彼女を不安に思った私達は、小学校の中に入っていった。私達は彼女の名前を小声で呼びながらほの暗い廊下を進んでいく。そして、驚愕の光景を目の当たりにしたのだ。帰ってこなかった彼女が、何故か足だけではなく手も地面につけて、ブリッジ状態で廊下を歩いてきたのである。彼女は逆さになった頭の瞳で私達の姿を認識すると、低い唸り声を上げながらカサカサ走りで迫ってきた。当然ながら私達は逃げた。全力で逃げた。翌朝になって、校舎の側で震えていた私達は恐る恐る中の様子を確認しに入った。結局、何だかヤバそうな状態に陥っていた女の子は意識を失って倒れていて、私達は元の生活に戻る事が出来た。尤も、その女の子は体育館を訪れる度にブリッジで辺りを歩き回るという奇特な趣味を覚えた様子だったが。


「おーい、何ボーッとしてるんだい?」


 呼びかけてくる声で、私は回想から現実に引き戻された。顔を向けると、クラールが埃を払ったソファに腰掛けていた。彼は空いている自身の右横をポンポンと叩き、


「まあ、座りなよ」


 と、促してくる。


「あ、はい」


 断る理由もない私はすんなりと頷いて、彼の隣に腰を下ろした。外からは雨粒が地面に打ちつけられる音がひっきりなしに聞こえてくる。


「雨の日って感じがするね」


 穏やかな表情で両目を瞑りつつ、クラールはおもむろに口を開いた。濡れて毛先が纏まっている髪に水滴がいくつもくっついているのが、近くからだとよく観察出来る。少なからず、彼も急な土砂降りの影響を受けたらしい。


「ところで準備は順調かい?」


 一瞬、私は問いかけの意味が分からなかったが、すぐに察した。恐らくはデザートコンテストの事だろう。


「はい、順調ですよ。給料も貰えたので食材も揃えられますし、この前は城の方に参加費用を払いに行ってきました」


「へえ、城に来てたのか。それは知らなかったよ」


「ちょっとの間だけですけどね」


「そういえば、ドーサックさんは何て言ってるんだい?」


「え?」


 自然と首を捻る私に対し、クラールは薄目を開いて、


「ほら、コンテストに優勝してしまうと今の仕事も辞める事になるかもしれないだろ。引き留められたりはしてないのかい?」


 よくよく考えると、確かにその通りだ。国王に味を認めてもらえれば、城での暮らしが待っている。そうなれば、店を出る事になるのだ。


 けれど。


「……引き留められたりは、してないです」


 木で出来た天井を見上げながら、私は呟くように言った。そういえば、ドーサックさんと未だしっかりとした話はしていない。私がコンテストに出場するという事は前から知っているだろうけれど、おじさんの方から口にする事もなかった。


「そっか……まぁ、取りあえず準備万端みたいで良かったよ」


 それより、とクラールは話題を変えた。


「そんなにずぶ濡れのままってのも、体に良くないな」


「あ」


 そういえば、私の体は雨をびっしょりと浴びてしまっていたのだと、今更ながら気がつく。


「何か体を拭けるような物がないか探してくるよ、そこで待っててくれ」


 クラールが微笑んでソファを立ち、私から離れていく。




 それを待っていたかのように。




 私の頭上の天井が、大きな音と共に砕けた。

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