第三話「コンテスト開幕!」 1
助けてくれた青年がクラール王子だというびっくり仰天な事実が明らかになってから、更に数日後。私は再び魔法の番重を首に掛け、街頭での果物販売に従事していた。この仕事にもすっかり慣れ、今では顔見知りになったお客様も少なからずいる。仕事始めの頃に比べれば、だいぶ楽に売り物を捌けるようになってきていた。
ただし、今日に関しては事情が違った。
「うう……何だか天気が悪いなぁ」
心配から呟く私の頭上には、怪しい灰色に濁ったモクモクの雲々が立ち上っている。それらは今にも大粒の水滴を無数に生み出しそうな雰囲気を纏っていた。要するに、何の変哲もない雨雲の卵達だ。
当然の如く、こんな天気に出歩く物好きは買い出しに出掛けている主婦達や仕事中の男達以外にそうはおらず、当たり前の事ながら普段は憩いの場足りうる広場も今日に限っては閑散としている。正午を少し過ぎた辺りの、商売人にとっては絶好の稼ぎ時である筈なのに、だ。
「私が外に出た時は晴れてたのに」
天気予報のニュースさえ見れればなぁ。この世界には存在しない科学の結晶が恋しくなった、その瞬間。ついに頭上から雨が降り出した。
「ひああっ! 早く店に戻らなきゃ!」
私は小さな叫び声を上げながら、首から下げた番重をしっかりと両手で抱えて走り出した。まさかこんなに天気が悪化するとは夢にも思っていなかったので、当然ながら雨具は持っていない。というか、傘やレインコートといった便利な品物はこの世界には存在していない。魔力コンロはあるというのに、全く訳が分からない時代である。
しかし、私にとって都合が悪い事に、ドーサックさんから言いつけられた営業場所は店から最も遠い位置に存在する広場だった。私の足では、頑張って走り続けても優に一時間は掛かるだろう。火事場の馬鹿力が出せれば別かもしれないが、残念な事に周りは水浸しだった。なんちゃって。えへへ。
――って、しょうもない事を考えてる場合じゃないよっ。
売り物の鮮度は魔法の番重のおかげで守られるだろうが、私の体はそうもいかない。雨粒は時間が経つ毎に巨大化していて、髪やら衣服やらに激しく降り懸かってくる。このままでは、そんなに病気に強い方でもない私が風邪を引いてしまうのは最早必然だった。
しかし、どんなに懸命に足を回転させても、目的地までは程遠い。どこかで雨宿りでもしようかな、そんな考えが頭を掠め始めた矢先だった。
「やぁ、ミズホちゃん。そんなに慌ててどこへ行くんだい?」
馴染みある声で呼び掛けられ、私はすぐさま急ブレーキで停止し、小走りに後ずさる。
「あっ! クラール王子!」
「やあ、こんな所で会うなんて奇遇だね」
「でも、そんな所で何してるんですか?」
「そんなの決まってるじゃないか」
貴族の着るような洒落た衣装を身に纏っている青年はハハハと快活に笑いながら、
「見ての通り、雨宿りだよ」
と、実に庶民的な返答をした。
「さあさあ、君もこっちに来なよ。そこにいたら濡れてしまうじゃないか?」
「あ、はいっ」
クラールに促され、私はひとまず彼の側に寄って雨をしのぐ。しかし、どうにも釈然としない気持ちを抱いていた私は首を捻りながら、更に質問を重ねた。
「でも、ここって空き屋ですよねっ。勝手に入っていいんですか?」
そう。私達が立っているのはとある一般的な洋風ボロ民家の敷地内だった。頭上には家屋の屋根があり、そのおかげで雨粒から身を守る事が出来ている。しかし、明らかに人の住んでいなさそうな雰囲気だとはいえ、勝手に入ったらヤバそうだと私は心配になった。
しかし、王子の方はと言うとあっけんからんとした様子で、
「何を言ってるんだい」
と、私の不安を一笑に付す。
「ここは一応、僕の父親の所有物だからね。ちょっと立ち入ったくらいで罰は当たらないよ」
「あ……」
そういえば、そうだ。ここはトロスベリア王国の領土で、という事は国王の物である。その長男であるクラールが良いと言うならば多分問題ないのだろう。別に玄関の鍵をこじ開けて不法侵入しているわけでもあるまいし、少し屋根を借りるくらいなら――。
「まあ立ち話もなんだし、中に入ろうか」
「って、えええ!?」
当たり前のように衣服の袖から取り出した針金を鍵穴に突き刺しているクラールを見て、私は仰天のあまり飛び上がった。
「なななな、何をしてるんですか!?」
「何って、鍵を開けてるだけだよ」
「爽やかに受け答えされても、流石に騙されませんよっ!」
どう考えても、不法侵入である。しかし、一国の王子がピッキングしている光景というのは、何となくシュールな気がした。
「大丈夫だよ、これくらい」
彼は相変わらず穏やかな笑顔を浮かべ、
「確か、この土地の持ち主はとある貴族でね。この前に国の税金を横領して、それから逃亡生活を続けているんだ。尤も、その人は別の場所に豪邸を構えていたから、借金を抱えた平民から取り上げたこの家には住んでなかったみたいだけど。とにかく財産は没収されるから、実質ここは王国に返される予定の場所だよ」
クラールの解説が終わった丁度その時、カチッという耳に心地よい音と共に、ドアが開いた。
「さ、中に入ろう。ここに突っ立っているよりはマシだろうし」
「は、はい」
結局、王子の誘いに負けた私はその寂れた民家の中に足を踏み入れたのだった。




