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罪を犯す者は、己れ自身に対して犯すなり。不正の人は、みずから己れを悪者にする意味において、己れの不正の犠牲者なり。(マクレス・アウレリウス・アントニヌス)
いつもより早い時間に目が覚めた沙夜はゴスロリ調の服を脱いだ。
昨日、藤堂間宵という人間からもらった衣装に着替えるためだ。
もらった時から自分には少しばかり大きいのではと目算していた。
実際に着てみると想像以上にスカスカでブカブカだった。
くれた間宵がデブデブだというわけではない。沙夜がチビチビすぎるだけだ。
子どもの体型をしている自分が嫌になる。
ため息が出た。なんだかふてくされてしまいそうだ。
着替えを終えた沙夜は目の前で寝ている少年に視線を投じる。
しばらくの間、彼女は少年の寝顔を観察していた。
長めの黒髪。釣り合いの取れた顔。規則的に膨らむ胸。
彼は寝息を立てずに死んだように眠っている。
男のわりに長いまつ毛を震わせたが起きる気配はない。
起きた時、沙夜の姿に驚くかもしれない。
その時の反応を想像して楽しくなった。
揺さぶり、揺すり、揺らす。
またがって、揺り動かす。
「ご主人様、起きてくださいよ」
より強く揺さぶるとやっと彼は目を覚ました。
「えー……? ふぁ、なんだあ、地震か」
どうやら寝ぼけているようである。
「地震ではありません、沙夜です」
「ああ、なんだ沙夜か。ううん……、やけに早いな。今何時?」
「ご主人様! 海へ行きましょう!」
「え……っと。なにが……なんだって?」
ここでようやく彼の目が開かれた。そしてそのまま大皿のように見開かれた。
案の定、沙夜の格好に驚いたようすである。
「って、お前、なんて格好してるんだよ!? やっぱ真性の痴女だったのか!?」
「むぅ! 何遍も何遍も何遍も申しあげますが、その痴女っていうのやめてください!」
何度も痴女痴女いわれると流石の主人であれど、気に障るというものだ。
「だったら痴女らしくない服装をしろ! いい加減わかってくれよ! 僕の気持ちも!」
初めはチジョという言葉は、才媛な自分のことを指す知女という意味なのだとばかり思っていた。
広辞苑を用いても意味は乗っていなかったので、携帯を拝借して意味を調べた。
そして戦慄した。温度を感じない体であるはずなのに肌寒さを覚えたほどだった。
痴がましい女と書いて痴女。痴漢されたい願望を持つ女性のことを指す。
まさか……流石に自分に限ってそんなはずはない、と沙夜は思う。
残念ながら自分でもよくわからなかったけれど。
そもそも裸になることがそんなにいけないことなのだろうか。
そこに疑問を持っていること自体がおかしいのだろうか。
この人間と生活するようになってから半年ほど経って、沙夜もいい加減、男性の前で裸になってはいけないのだと、学んだ。
沙夜は人間ではない。憑きものだ。
世にも奇妙な生き物なのである。
憑きものの存在を認知できる人間は限られている。
特別な力を所持した人間だけが彼女らの姿を認識出来る。
憑きものはその特別な力を持った人間のそばにいないと生きていけない。
憑きものと従えるもの。両者は必然的に主従関係となる。
藤堂敦彦というこの男が彼女の主なのだった。
沙夜はこの男の元にいなければ生きていけない、なので同居生活を余儀なくされることになる。
余儀はないけれど彼女に不都合もない。むしろ、沙夜にとっては喜ばしいことだ。
「どうして“水着姿”なんだよ?」
「ふふん。どうですか? 似合いますか? えへへ、間宵さんにもらったんです」
沙夜は見せつけるように胸を張った。
見せつける胸はそんなにないけれど。
黄色を基調としたセパレート型の可愛らしい水着だ。
露出度は控えめだが、セパレートにしては高い方だといえるのかもしれない。
上部と下部の間隔が広くおへそが覗けており、どちらかといえばビキニに近い。
「あいつ。どうしてそんな余計なことを……」
「なんで頭を抱えるんです!」
沙夜を見てから長いため息を吐き出した。
「……で、なんで海?」
「そこに海があるからです」
「あっそう」主はもう一度、ため息をついた。「……間宵と二人で行ってこいよ」
「ダメですよ! ご主人様も一緒に行くんです!」
「……明日は無理だよ。……予定があるんだ」
「はあ、予定ってなんですか?」
「うーん……明後日になにするか考える予定かな」
表情からはわかりづらいが、今のは彼の冴えないジョークだ。




