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デウス・エクス・マキナは必要ない  作者: 絃城 恭介
第二章・英雄~Ein anderer Held~
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第二章・英雄 その過去への入り口


「え……り、遼、嘘だろ、それなんの冗談だよ…僕のこと忘れたって言うのか?」

「嘘でも冗談じゃない……本当にお前のことなんて知らない」

「遼――――」



 そこまで言った所で遮るように遼は口を開いた。まるで、人違いではないのかと言うような口調で、僕に向かって言ったのだ。その時の僕の表情はきっと、絶望か何かに染まっていたのであろう。


そんな僕の表情を見てか、遼は僕に笑いながら言う。



「まあ、さっきのは言い方が悪かったな。けどな、本当に何も覚えていないのは本当だ。俺の主治医って名乗っていた水上先生が言うには一時的な記憶の混乱、記憶障害らしい。要するに一時的な記憶喪失ってやつだ」



 その説明をする遼の表情は、昔から何一つ変わっていない…いや、変わったところもあるが、それは肉体的にやせ細ってしまっていると言うところだけだ。


 それを聞いて、僕はどんな表情をしているのだろうか? 先ほどと変わって、きっと間抜けな表情をしているに違いない。



「へぇ…水上先生の言ってたこともなかなか的を射てるな。お前さ、今神奏龍だろ?」

「え、そうだけど……」



 僕がそう答えると遼は「やっぱりな」という表情を浮かべたまま続ける。



「確かに、俺の親友だったって言われても違和感がねぇよ。なぁ、奏龍って呼んでも良いか?」



 その問いに僕は即答をしていた。



「ああ、勿論だよ」



 確かに、記憶喪失と言うことは辛いことではある。しかし、失ったという事は確かに事実ではあるが、自ら望んで失ってしまったという事実は何処にも存在しない。



「そうか……ありがとうな奏龍」



 その言葉とは別に遼の表情は曇っていた。僕はそれに気付いてしまった。けど、それを尋ねようとは思わなかった。


 それを聞いてしまえば、何かが壊れてしまう気がしたから。


 だから僕はそれを聞かずに、当初の目的を思い出したかのように口を開いていた。



「遼、僕からも一つ言っておいて良いかな?」



 僕の突然の言葉に、遼は若干だが戸惑いながらも首を縦に振った。それを見て、僕は言った。



「今の遼にはわからないかもしれない……けど、大事な事なんだ」



 そう言って、僕は言葉を纏める。



「希実香は、遼の代わりに僕が守って見せるから……だから、その時はみんなで昔みたいに――――」

「きみ……か……?」



 僕が最後まで言葉を言い切る前に、突然、遼は自分の額に掌を当てて痛みに耐えるような表情をする。



「ちょ、遼、だいじょ―――」



 そして、凍りつくような冷たい声で言い放った。



「悪い……帰ってくれ……一人に、なりたいんだ」

「遼……」

「帰ってくれ!」



 その表情は何処か辛そうで、苦しそうで、そして悲しそうであった。


 僕はそんな遼の顔を見て、何も言えずに病室を後にした。



  







 ◆◇◆◇◆◇

 


 かつて、自分の親友であったと説明された少年、今神奏龍が完全に病室を出て行ったことを確認してから――正確に言うのならば追い出したという表現が正しいのだろう―――遼は小さく溜息を付いた。



「何やってるんだろうな……俺は」



 それは後悔であったのかもしれない。きみか、それはイントネーションからすれば人の名前だろうということは直に分かった。だが、遼にはどうしてそれが人の名前で、女の子の名前であるということを勝手に認識したのかと言うことが理解できなかった。


 そして混乱してしまった。


 激情に流されるままに、記憶を失った自分に対しても過去と同じように接している親友に厳しく当たってしまったこと。それを考え直すと、やはり自分の心に芽生えたものは後悔であったということを遼は再確認することができた。


 そして、辛く当たってしまった原因である名前だと思われるものを呟く。



「きみか……どういった感じを当てた名前なんだろうなぁ」



 それを考えると、初めから自分の頭の中に存在していたといわんばかりに、すうっと、漢字が浮かんできた。


 希望の『希』に、実りの『実』、そして、香りの『香』で『希実香』。



「記憶障害…ねぇ。名前はしっかりと覚えてるんだけどなぁ……これが苗字になった途端、急にぼやけるんだ」



 遼が真っ先に、頭の中に残っていた苗字らしきものは二つあった。一つは『笹宮』、そしてもう一つが『久我峯』だった。


 『笹宮』これはつい最近まで呼ばれていた感覚が、なんとなくだが脳内に残っている。だが『久我峯』と言う苗字は、長い間呼ばれていない感覚があるにも関わらず、何故か鮮明に脳内に一つの単語として浮き上がってくる。


 ――――俺は、一体誰なんだ?


 水上先生は遼に向かって『笹宮遼』と呼んだ。しかし、本当に目を覚ました当初は『久我峯』だと、遼は水上先生に向かって言った。


 だが、目を覚ましてからの数時間の間にその言葉すらもあやふやなものになってしまった。奏龍は遼に向かって『遼』と言う名前を呼んではいたが、苗字を一言も喋っては居ない。


 そこで、遼は一つの不安を覚えた。


 ―――もしかしたら俺は、今神奏龍や水上先生の言う『遼』と言う人間とは違う人間ではないのか? 


 だが、たった数時間と言う時間を考えることに使った遼だったが、結局のところ何一つとして答えといえるものには辿り着いてはいなかった。


 今からでも、少しでも考えることに、記憶を取り戻すために時間を使おうと思っていた遼だったが、病室の前にある一つの気配……と呼べるのか分からない物に気を取られ、迎え入れるかのように口を開いた。



「どうした……入ってこないのか?」



 言うが早かったか、それとも影が遼の前に現れるのかわからないほどのタイミングで、病室の前に感知していた反応が遼の目の前に現れた。


 その姿は少女のものをしていた。



「分っていましたか……やはり、何度繰返しても『感知』をされているというのは妙な感覚ですね。ささ…いや、今はどちらの遼さんですか?」



 その少女は身長が160センチ程で、茶色をした長髪のストレートヘアーと言う何処にでもいるような容姿の少女であった。



「お前……どこかで………そうか…知ってる、いや…記憶しているのか?」



 だが、記憶を一時的にだが失ってしまっている遼に記憶を探るということはできない。出来る事は、強い違和感を感じる程度のことだ。


 だというにも拘らず、遼には確信に近い自信があった。それは、本来ありえないはずの記

憶である。親友の顔を見ても何も思い出せず、『きみか』と言う名前を聞いても何かを思い出せそうで思い出せないという形で終わってしまったというにも拘らず、少女の顔を見ただけで覚えていると、記憶していると確かに脳が告げているのだ。



「そうでしょうね。例え既存の記憶を一時敵にでしょうが失ってしまったとしても、今までの永い眠りの間に見てきたもう一つの世界の記憶は、新しく記憶として刻まれ続けますから―――」



 遼の言葉に少女は、答えを求められてすらいない疑問に丁寧に答える。



「それが例え、夢と言う形で見てきた記憶だとしてもです」

「夢……?」 



 そして、遼もまた何の疑問も感じぬままに少女の言葉を聞き入れている。まるで、旧知の友のような感覚のままに。



「そうです、全てのセカイは繋がっているんです。とあるセカイは永遠に遼さんが目を覚まさなかった。また、あるセカイでは『あの頃』の六人が今神さんを除き全員死んでしまった……そして、このセカイの遼さんは記憶を失ってしまった。けど、意識を取り戻している。これは、今までのセカイでは在り得なかった――――」



 そこまで聞いたところで、遼の頭の中には一つの言葉が浮き上がってきた。まるで、今までに何度も何度も聞いてきた言葉のように。口から漏れるように呟いていた。



「デウスエクスマキナ………」



 そして、その言葉に反応するかのように少女は言葉を紡ぐ。



「そう、私は…いえ、機械仕掛けの神は――デウスエクスマキナは在るべきセカイを望んでいる。今度こそ失敗しないでください」



 その言葉の後、少女は小さく小さく呟いた。



 ―――貴方の忘却された記憶を全てお見せしましょう









 ――― こ れ が 、 今 の 私 に で き る こ と で す











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