第85話:管理者のレベルアップと、深夜のシステム更新
宿場町リスタの夜は早い。
大通りの喧騒は引き、窓の外からは夜警の足音と、遠くで犬が吠える声だけが聞こえてくる。
宿屋の一室。カイトは硬い木の椅子に深く腰掛け、暗闇の中で思考のコンソールを展開した。
神に釘を刺され、リミッターをかけられてから数日が経過した。
「不自由」という名の新たなゲーム。
だが、その不自由さこそが、かつて全能の椅子で退屈していたカイトの知的好奇心を刺激していた。
「……リア。現在の蓄積リソースを可視化しろ」
暗闇の中、リアの声が鼓膜に直接響く。
彼女は感情を削ぎ落とした無機質なトーンで、しかし確実に、主が求めるデータを提示した。
「了解しました。現在、感謝ポイントの総計は235 pt。……街道での護衛戦における介入、および夕食時の食堂における『経営デバッグ』により、短期間で目標値を超えるサンプルを回収しました」
カイトの脳裏に、論理的な光の文字が浮かび上がる。
かつては数百万、数千万という単位で動かしていたポイント。
だが、今の彼にとって、この「235」という数字は、何物にも代えがたい「再出発の種火」だった。
「……感謝ポイント、235。……一から十まで、すべて神様に初期化されたにしては、悪くない滑り出しだな」
「……肯定します。……特に、食堂での『リペア』の活用による顧客満足度の向上は、効率的なポイント獲得のモデルケースとなるでしょう。……カイトさん。現在のポイント消費レートを算出しました。……Lv.1からLv.2へのアップデートに必要なコストは、各スキル一律で100 ptです」
カイトは空中に浮かぶリストを指先でなぞった。
魔法レベル、最大10。
現在はすべてが「1」。
かつては当然のように使いこなしていた高次魔法も、今はその入り口に立つことさえ許されない。
「……さて。……手持ちの200ポイントを、どこに投資するかだ。……リア、お前の予測演算を聞こう」
「……現状、最も慎重に扱うべきは『重力演算』の運用です。……この魔法は対象に直接かけるものではなく、指定した『座標』の重力を上書きする術式。……すなわち、狙い(エイム)を外せば効果はゼロ。リミッター下の貴重な魔力を無駄にするリスクを孕んでいます」
「……ああ、わかっている。……全能だった頃のような『必中』の加護はもうない。……だが、だからこそレベルを上げる価値がある」
カイトは脳内のコンソールを強く叩いた。
「……アップデート開始。……『事象復元』および『重力演算』。……残りのポイントは予備リソースとして確保しろ」
【感謝ポイント 200 pt 消費 ―― 承認】
【システム・アップデート開始……】
【事象復元:Lv.1 → Lv.2】
【重力演算:Lv.1 → Lv.2】
カイトの背骨を、静かな魔力の波動が駆け抜けた。
それは爆発的なものではなく、淀んでいた水の流れが、少しだけスムーズになるような感覚だ。
指先に宿る感覚が、一段階、鮮明になる。
「……完了したか。……リア、ステータスの変化を報告しろ」
「……了解。……事象復元Lv.2。修復可能な構造の複雑度が向上。……また、物質に付与する『一時的強化』の持続時間が20%延長されました。……次に『重力演算』Lv.2。……重力係数を2倍から『3倍』へ上書き可能に。……有効範囲も、対象の1メートル四方から『半径2メートル』へと拡張。……この範囲拡大により、座標指定のミスによる『外れ』の許容誤差が改善されました」
カイトはジャージのポケットから、一発の魔導弾を取り出し、その感触を確かめた。
指先から流れる魔力が、以前よりもスムーズに薬莢の術式へと染み込んでいくのがわかる。
「……重力3倍。……人間の体なら、これだけで膝を折らせるには十分だ。……範囲が広がったとはいえ、狙いを外せば意味がないのは変わらん。……だが、それをどこで、どのタイミングで叩き込むか。……神様が用意したこの『不自由なゲーム』、攻略しがいは十分にあるな」
「……はい。……ただし、最大レベル10という道のりは、まだ一合目にも達していません。……神の課した試練は、ここから加速するものと思われます」
「……構わんさ。……レベルが一つ上がるだけで、取れる選択肢が劇的に増える。……この手触り感こそが、管理の本質だ。……明日になれば、このLv.2の重力がどれほどの利益を生むか、証明してやる」
カイトは窓の外、街の明かりが完全に消えた夜の闇を見つめた。
明日は冒険者ギルドへ向かう。
身分証という名の「ログ」を手に入れ、この世界のシステムへ深く介入するための第一歩だ。
「……さて。……最底辺のFランクという『初期設定』から、どれだけ効率よくハックできるか。……リア。明日のスケジュールを。……ギルドの開門は?」
「……午前8時です。……午前7時にジャージの機能でレーションを生成。朝食を摂りつつ、07時45分にはギルド前に到着するのが最短ルートです」
「……よし。……不自由を愛でる実地研修、第2段階の開始だ」
カイトはジャージを脱ぐことなく、そのまま硬いベッドに身を横たえた。
自動洗浄機能のおかげで、一日中歩き回ったジャージは新品同様の清潔さを保っている。
神が遺した唯一の慈悲とも言えるこの服と共に、カイトは静かに瞼を閉じた。
(第85話 完)
■ カイト:現在のステータス・装備(第85話時点)
【特殊装備・アイテム】
• 紺色のジャージ(管理者用標準装備)
• 自動洗浄、環境調整、食料生成(1日2食)。
• 魔導銃『等価の天秤』
• 精密射撃に特化した運用。
• 空間庫
• 武器、道具の格納。
【使用可能魔法(魔法レベル・最大Lv.10)】
• 事象復元 Lv.2
• 【対象:物質】
• 破損の修復。および一時的な物質強化。精度と持続時間が向上。
• 重力演算 Lv.2
• 【対象:座標空間】
• 指定した座標の重力を**「3倍」**に上書きする。
• 有効範囲は半径2メートル。狙いを外すと効果を発揮しない「設置型」の特性を持つ。
• 生体修復 Lv.1
• 【対象:生命体】
• かすり傷や疲労の緩和。
• 広域修復 Lv.1
• 範囲内(極小)の複数人を治療。魔力消費大。
• 身体強化 Lv.1
• 肉体性能の向上。現在は最大2倍まで。
【現在蓄積リソース】
感謝ポイント:35 pt(アップデートにより消費)
悪意ポイント:神により封印中
【所持品】
現金:銀貨 8枚
食料:ジャージ生成レーション(残り 2食 / 日付変更によるリセット待ち)
【状況】
翌朝、リスタの冒険者ギルドでの新規登録を予定。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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