第83話:一発の対価(コスト・オブ・ショット)
「……ガ、ガァァッ!」
氷の礫を纏ったアイス・ウルフの咆哮が、静かな街道に木霊した。
囲まれているのは、中年の商人一人と、必死に剣を振るう若い駆け出しの冒険者二人。
彼らの剣は狼の凍った毛皮に弾かれ、現場には敗北という名のエラーが色濃く漂っていた。
冒険者の少年が膝を突き、狼の牙がその喉元に迫る。
「……リア。援護は不要だ。……今は、このLv.1のスキル群でどこまで『燃費』を最適化できるかデータを取りたい」
カイトは魔導銃『等価の天秤』のシリンダーを軽く回した。
神のリミッターにより、かつて広範囲を押し潰した重力も、数万人を癒やした光も、今は見る影もない。
だが、管理者の本質は全能感ではなく、限られたリソースでの「運用」にある。
「……身体強化Lv.1。……脚部と視神経へ、出力を2倍に固定」
カイトの体が、紺色のジャージと共に弾丸のような速度で地を蹴った。
狼の一匹がカイトの接近に気づき、冷気のブレスを吐き出そうと口を開く。
「……重力演算Lv.1。……対象の頭部、1メートル四方に重力2倍」
【魔法発動:重力演算Lv.1 ―― 燃料:自己魔力】
ガクン、と狼の頭が地面に叩きつけられる。
わずか2倍。だが、攻撃の予備動作を潰すには十分な数値だ。
「……事象復元Lv.1。……銃身内の気密性を修復し、加速効率を最大化しろ」
【魔法発動:事象復元Lv.1 ―― 燃料:自己魔力】
ドォォォォンッ!!
短い銃声。
放たれた一発の弾丸は、身動きの取れないアイス・ウルフの眉間を正確に貫き、その勢いのまま後方の岩場まで粉砕した。
「……一発。……物理衝撃による対象の沈黙を確認。……次だ」
カイトは着地の衝撃を「風走」で殺し、流れるような動作で残りの三匹の懐に潜り込む。
空間庫から滑り出したのは、魔法で何度もリペアし続けてきた鉄の投げナイフだ。
閃光が走る。
カイトの振るったナイフは、重力で体勢を崩したアイス・ウルフの喉元を、最短距離で切り裂いた。
噴き出した血がカイトのジャージを汚そうとするが、その手前で「常時自動洗浄」機能が無機質にそれを弾き飛ばす。
紺色の生地は、常に一点の曇りもなく輝きを維持したままだ。
「……ふぅ。……三匹。……合計所要時間、六秒。……レベル1の出力でも、ハックのしようはあるな」
すべての狼が絶命した静寂の中、カイトはナイフを空間庫へ戻した。
そして、腰を抜かして呆然と立ち尽くす商人たちの前へ歩み寄る。
冒険者の少年が、血を流しながらカイトを見上げていた。
「……あんた、怪我をしているな。動くな。……生体修復Lv.1」
【魔法発動:生体修復Lv.1 ―― 燃料:自己魔力】
カイトの手のひらから淡い光が漏れ、少年の傷口がゆっくりと塞がっていく。
かつての瞬時完治とはいかない。だが、出血を止め、痛みを取り除くには十分な「常識的」な癒やしだ。
「……あ、ああ……。助かった……。あんた、一体……」
「……ただの通りすがりの管理者だ。……さて、商談の時間だ。……命を救った対価と、この狼の素材の回収権。……銀貨五枚で手を打つが、どうだ?」
カイトはジャージのポケットに手を突っ込み、不敵に笑った。
かつてのように全能感に酔うことはない。
だが、レベル1のスキルを駆使し、一歩ずつ「利益」を積み上げていくこの感覚こそが、今の彼にとって最大の報酬だった。
「……あ、ああ! もちろんだ! 銀貨五枚……いや、命の恩人だ、六枚払わせてもらおう!」
【検知:商人たちからの『深い安堵と畏怖』:+25 pt(感謝)】
【悪意検知:神の封印により、運用不可】
「……よし。……リア、収益確定だ。……感謝ポイントも貯まってきた。魔法レベルの『アップデート』を検討するぞ」
「……了解しました。……第二章、最初の純利益を計上します」
夕暮れの街道。
ジャージ姿の男と無表情な秘書は、再び王道のファンタジーの中へと歩み出した。
【現在蓄積リソース】
感謝ポイント:215 pt(190 + 25)
悪意ポイント:神により封印中
【所持品】
現金:銀貨 9枚(3 + 6)
食料:ジャージ生成レーション(残り 0食 / 本日分終了)
【状況】
護衛対象の商人と共に、最寄りの街『リスタ』へ移動開始。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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