第60話:労働の定義と、最初の対価
「広域再生」の光が消え、静寂が戻った第二拠点の広場。
そこには、命を拾ったばかりの大人たちが、所在なげに立ち尽くしていた。彼らの瞳には、感謝よりも先に「次に何を命令されるのか」という怯えが色濃く残っている。
「……体調の安定を確認した。……リア、彼らの栄養状態は、現時点での最大効率までリペアされているな?」
「はい、カイトさん。……でも、みんな何をすればいいか分からなくて。……『ただ座って待っていればいいのか』って聞いてくるんです」
リアが困ったように微笑む。
カイトはジャージのポケットから、街のインフラ図が投影されたリストデバイスを取り出した。
「……ただ座って待つ。……それは『死』という名の機能停止を待つのと同じだ。……私の管理下では、呼吸一つにも意味を持たせる」
カイトは、広場の隅に積み上げられた、崩れた石材や錆びた鉄柵の山を指差した。これらは昨日、カイトが街のゴミ捨て場から「無料」で回収してきた廃棄物だ。
「……シルヴィア。大人たちから十人選べ。……最初のアサイン(業務)だ」
「……ふん。この腰の抜けた連中に何をさせる気? せっかく治した身体を、また壊すだけじゃないの?」
シルヴィアが首輪を弄りながら、整列した男たちを値踏みするように見る。
「……壊れれば直せばいい。……だが、働かないことで腐る心は、魔法ではリペアできない。……彼らには、この廃棄物を磨き、選別し、建築資材として『再定義』してもらう」
カイトは、怯える大人たちの前に、ボロボロのヤスリと、洗浄用のブラシを並べた。
魔法を使えば、カイトが「リペア」と一言唱えるだけで、これらは新品同様の資材に戻るだろう。だが、カイトはあえて彼らに「自分の手で」作業をさせることを選んだ。
「……お前たちの仕事は、この錆を落とし、石の角を整えることだ。……完了した数に応じて、夕食のメニューに『肉』を追加する。……これは施しではない。お前たちが生み出した価値に対する、正当な等価交換だ」
「……肉……?」
「……錆を落とすだけで、いいのか……?」
男たちが顔を見合わせる。
彼らにとって、労働とは常に「暴力」や「強制」とセットだった。自分の働きが、直接「食事の質」として跳ね返ってくるという単純な理屈が、逆に信じがたいのだ。
「……始めろ。一分一秒の遅滞が、お前たちの資産価値を損なう」
カイトの冷徹な号令で、最初の作業が始まった。
最初はぎこちなかった。ヤスリを動かす手は震え、錆びた鉄柵を洗う水はすぐに泥色に染まる。
だが、数時間もすれば、彼らの間に奇妙な熱気が生まれ始めた。
「……おい、見てろ。こいつ、結構綺麗になったぞ」
「……ああ。……俺、何かを『直す』なんて、生まれて初めてだ」
【検知:クラン員たちからの「役割を与えられたこと」に対する微かな自負:+100 pt】
カイトはホールの隅で、その光景をリアと共に眺めていた。
リアもまた、子供たちと一緒に、建物の窓を磨く練習を始めている。
「……カイトさん。みんな、必死です。……自分が何か役に立っているんだって、顔に書いてあります」
「……当然だ。……自己の存在意義を確認できない存在は、容易に壊れる。……教育の第一段階は、文字を教えることではない。……『自分の行動が世界に干渉できる』という事実を認識させることだ」
カイトは、少しだけ汚れた自分のジャージの袖を眺め、無機質に「自動洗浄」を起動させた。
魔法で何でも創り出せるカイトが、あえて不器用な彼らに、ゴミを磨かせる。
それは、数百話続くであろう壮大な「社会リペア」の、最も地味で、最も重要な一歩だった。
夕暮れ時。
広場には、錆の落ちた鉄材と、角の整った石材が整然と並んでいた。
カイトは約束通り、空間庫から調理済みの肉料理を取り出し、彼らに支給した。
「……本日の報酬だ。……明日も、同じ、あるいはそれ以上の成果を期待する」
肉を頬張る彼らの瞳には、昨日までの虚無とは違う、微かな「生の輝き」が灯っていた。
管理者の無双。
それは、敵を倒すことだけでなく、死んだも同然だった魂を、一歩ずつ現世へと引きずり戻す作業でもあった。
(第60話 完)
【現在蓄積リソース:295782 pt(感謝) / 7490 pt(悪意:残債)】
【所持金:金貨 77枚】
【ギルドランク:C】
【状況:クラン員の初労働を完遂。自己価値の再構築を開始】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
カイトさんは今、集まってきた「悪意」をどうやって「ポイント」に変えようか、とっても怖い顔で計算しています……。
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