第49話:賢明なる領主と、硬直した権威
街の北門に、豪華な装飾が施された馬車が二台、滑り込むように入城した。
一台はこの街の統治者、ガラン伯爵。もう一台は冒険者ギルドを束ねる頂点、ゼノス。彼らが不在の数週間の間に、この街はバルザス伯爵による経済封鎖という未曾有の危機に瀕していた。だが、彼らが目にしたのは、困窮する住民の姿ではなく、見たこともない新しいバイパス街道を笑顔で進んでいく活気ある商隊の列だった。
「……これは一体、どういうことだ。ハンスからは、物流が死に、街の貯蔵庫は底を突いているはずだったが。ガラン、あの街道に心当たりはあるか?」
馬車から降り立ったギルドマスター・ゼノスは、あまりに「正常」すぎる街の光景に呆然とした。彼が知っている、あの非効率で雑然としたギルドのロビーは、今やホログラムの光が舞い、情報のラグが一切存在しない未知の空間へと変貌を遂げている。
「……いや、私の設計図にあの道は存在しない。だがゼノス、見ろ。商隊の数、そして彼らが支払っている市場への手数料の動きを。……この街は、私たちが去る前よりも遥かに『潤っている』」
領主ガラン伯爵は、鋭い眼光で街の細部を観察していた。彼は旧態依然とした貴族ではない。領地の繁栄こそが自らの力の源泉であると知る、徹底した合理主義者だった。
「……予定より三時間の遅延だ。……移動効率に改善の余地があるな」
時計塔のバルコニーから、カイトが静かに、そして無機質な声で二人を見下ろした。
ガランとゼノスは顔を見合わせ、声の主である「ジャージ姿の男」へと視線を向けた。
「貴様が……カイトか。不在の間に私の街を『書き換えた』不敵な冒険者は」
ガランが歩み寄る。一方、ギルドマスター・ゼノスは、近代化されたロビーを見て顔を真っ赤にしていた。彼にとって、冒険者ギルドとは荒くれ者たちが集い、酒と汗の臭いの中で依頼を受ける「伝統的な聖域」であるべきだった。ホログラムや電子的な報酬管理など、軟弱な魔法使いの遊びにしか見えなかったのだ。
「貴様! 何だこのロビーの有様は! 掲示板はどこへやった! 冒険者の魂とも言える依頼書を、こんな安っぽい光の粒に変えるとは、冒険者への冒涜だぞ!」
ゼノスが怒鳴り声を上げるが、カイトは「風走」を使い、無表情に二人の前に着地した。
「……冒涜、という単語の定義を教えてもらおうか、ゼノス。……アナログな掲示板のせいで発生していた『情報の読み飛ばし』と『重複受注』。これによって失われていた若手冒険者の生存率が、俺のシステムによって15%改善された。……あんたの言う『魂』には、死人の数を増やす機能も含まれているのか?」
「ぬ、抜かせ! ギルドは効率だけで動いているのではない! 冒険者同士の繋がりや、あの雑多な空気の中からこそ……」
「……非効率なノイズだ。……その『繋がり』とやらで、ハンスの汚職は見抜けなかったようだな」
カイトが冷徹に言い放つと、ゼノスは言葉に詰まった。
その横で、領主ガランは愉快そうに髭を撫でている。
「ははは! ゼノス、君の負けだ。……カイト、私は君を気に入った。ハンスを排除し、物流を独占していたバルザスを出し抜いたその手腕、実に見事だ。……君の言う通り、この街の生産性は飛躍的に向上している。統治者として、この結果を否定する理由は一つもない」
ガランは潔く、カイトの功績を認めた。彼は増え続ける税収と活発な市場こそが正義であると理解している。
「カイトよ、君にこの街の『最高技術顧問』のポストを与えよう。インフラの管理、および行政システムへの干渉権限を公式に認める。……ただし、ゼノス。ギルドに関しては君の管轄だ。……君たちがどう折り合いをつけるかは、私には関係ない」
「ガラン! 本気か!? こんな正体不明の男に、街の根幹を委ねるというのか!」
ゼノスが食い下がるが、ガランは興味を失ったように馬車へと戻っていった。
残されたのは、怒りに震えるギルドマスターと、無関心にログを確認するカイトだけだった。
「……カイト、貴様。……ギルドのシステムは、私が責任を持って元の『正しい姿』にリペア(修復)させてもらう。……外部の人間が好き勝手にするのは、今日までだ」
「……『リペア』という言葉を安易に使うな。……あんたがやろうとしているのは、正常化したシステムを再びバグだらけの旧式に戻す『破壊行為』だ」
カイトの瞳に、薄暗い「悪意」の火が灯る。
彼はギルドマスター・ゼノスを、この街をより効率的に運用するための「最大の障害」として再定義した。
「……一週間だ。……一週間、あんたに『伝統的な運営』をさせてやる。……その間に、あんたの無能がどれほどの損失を生むか、数値で証明してやる。……それが終われば、あんた自身をこのギルドから『デバッグ』する」
「言わせておけば……! 受けて立ってやろうじゃないか! 冒険者が本当に求めているのがどちらか、思い知らせてくれる!」
【検知:ゼノスからの「凝り固まったプライド」と「変革への拒絶」:+4800 evil】
カイトは、激昂するゼノスを背景に、静かに背を向けた。
リアとシルヴィアが、心配そうにその様子を見守っている。
「……カイトさん、ギルドマスターと喧嘩しちゃって、大丈夫なんですか……?」
「……問題ない。……組織の腐敗は、頭からリペアするのが最も効率的だ」
ジャージ姿の管理者は、次の「一週間」でギルドを完全に掌握するための、残酷なまでのシミュレーションを開始した。
管理者の支配は、理解ある領主の追認を得て、いよいよ最終段階へと加速していく。
(第49話 完)
【現在蓄積リソース:42482 pt(感謝) / 34590 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:金貨 130枚】
【ギルドランク:C】
【状況:領主ガランより『最高技術顧問』を拝命。ギルドマスター・ゼノスと全面対立】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
カイトさんは今、集まってきた「悪意」をどうやって「ポイント」に変えようか、とっても怖い顔で計算しています……。
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