第36話:毒液の雨と、非情なる「環境クリーンアップ」
夜の闇を裂いて放たれたのは、一本の矢ではなかった。
館を包囲する「水底の蛇」の構成員たちが一斉に投擲したのは、高濃度の腐食毒を詰め込んだ魔導瓶だ。
数百の瓶が空中で砕け散り、紫色の不気味な毒液が雨となって「カイト商会」の第二拠点へと降り注ぐ。
石造りの壁がシュウシュウと嫌な音を立てて溶け始め、有毒な煙が辺り一面を覆い尽くした。
普通の建築物であれば、数分と持たずに崩落し、中にいる者は肺を焼かれて死に至るだろう。
「あははは! どうだ、ジャージ野郎! 鉄も石も、あんたの自慢の拠点も、全部まとめてドロドロに溶かしてやるよ!」
暗闇の向こうから、下卑た笑い声が響く。毒の霧に紛れて接近するのは、防毒マスクを装着した「水底の蛇」の暗殺部隊だ。
彼らは、カイトが苦しみもがく姿を想像し、勝利を確信したどす黒い悦びに浸っていた。
【検知:刺客たちの「サディスティックな愉悦」と「破壊衝動」:+1500 evil】
だが、霧の中から聞こえてきたのは、断末魔ではなく、無機質で乾いた指パッチンの音だった。
「……建物の劣化率、0.8%。許容範囲外だ。清掃コストを削減するため、即時の『環境クリーンアップ』を実行する」
カイトの声は、毒霧の中でも驚くほど明瞭に響いた。
彼が身に纏うタクティカル・ジャージの表面では、降り注ぐ毒液が触れた端から光の粒子となって消滅している。常時自動洗浄機能が、毒という名の「汚れ」を物理的に否定し続けていた。
「事象復元Lv.2――『広域保全』」
カイトが床に掌をついた瞬間、館全体から目も眩むような青白い波動が放射された。
壁を溶かしていた毒液が、まるで時間を巻き戻すかのように瓶の中の状態へと凝縮され、割れたガラスの破片すらも元の形へと復元されていく。
それだけではない。大気中に充満していた有毒ガスは、リペアの対象外である「不純物」として空中で強制的に結晶化され、無害な塩の塊となって地面に転がった。
「な、なんだと……!? 俺たちの特製毒が、消えた……!?」
「……不純物の除去は完了した。次は、その不純物を持ち込んだ『原因』の排除だ」
カイトは「風走」を起動させ、地面を滑るように加速した。
毒の霧が晴れた瞬間、刺客たちの眼前に現れたのは、感情の一切を排した無機質な瞳を持つ男だった。
カイトは魔導銃『等価の天秤』を水平に構え、最も悪意の濃度が高い方向へと引き金を引いた。
【悪意消費:2000 pt ―― 瞬間創造・圧縮空気弾】
ドォォォォン!!
放たれた不可視の衝撃波が、並んでいた刺客たちを紙屑のように吹き飛ばす。
防毒マスクごと頭蓋を粉砕された者、衝撃の余波で石壁に叩きつけられた者。
戦場は一瞬にして、カイトによる一方的な「事務作業」の場へと変貌した。
【検知:生き残った刺客たちの「理解を超えた恐怖」:+1200 evil】
「あ、あぁ……化け物だ……! 魔法じゃない、これは……っ!」
「魔法か。……あんたたちの基準ではそう呼ぶのかもしれないな。だが俺にとっては、これは単なる『リソースの再分配』だ」
カイトは冷徹に次弾を装填し、逃げようとする影に向けて正確に狙いを定めた。
その背後、館の入り口では、一時的に力を取り戻したシルヴィアが、逃げ惑う蛇たちを雷撃で文字通り「焼き払って」いた。
「逃がさないわよ! あんたたちの汚い毒のせいで、私の掃除の手間が増えたんだから!」
シルヴィアの苛立ちは、奴隷としての生活への不満と、自分を凌駕するカイトへの屈辱、そして目の前の弱者を蹂躙するかつての狂気が入り混じった複雑なものだった。
その負の感情すらも、カイトのシステムは容赦なくポイントとして吸い上げていく。
【検知:シルヴィアからの「屈辱混じりの高揚感」:+300 evil】
戦闘開始からわずか数分。
館の周囲を埋め尽くしていた「水底の蛇」の実行部隊は、その八割が物言わぬ肉塊と化し、残る者たちも絶望の淵に立たされていた。
カイトは展望室で祈るように自分を待つリアの存在を「エコー・ロケーション」で確認し、わずかに思考を巡らせた。
「(……悪意の蓄積量は十分だ。これなら、街道の舗装どころか、この街のインフラ全てを独占管理するための『大規模構造解析』の習得も可能だな)」
彼は倒れ伏すリーダー格の男の喉元に、銃口ではなく、ジャージを着たままの足を乗せた。
「さて、商談の詰めだ。……あんたたちの組織の『全資産』の譲渡。それと、あんたたちの命を秤に乗せる。……どちらが重いか、今すぐここで計算してやろう」
ジャージ姿の男の影が、月明かりの下で長く、冷たく伸びていた。
(第36話 完)
【現在蓄積リソース:4082 pt(感謝) / 10690 pt(悪意:蓄積中)】
【所持金:金貨 2枚、銀貨 50枚】
【ギルドランク:C】
【状況:水底の蛇、実行部隊壊滅。リーダー拘束中】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
カイトさんは今、集まってきた「悪意」をどうやって「ポイント」に変えようか、とっても怖い顔で計算しています……。
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