第218話:大商業都市の夜と、最高級の贅沢インフラ
鑑定士の驚天動地の絶開発言により、火山の残骸が金貨八百枚という破格の時価で換金され、カイトの財布インフラは大復活を遂げていた。
せっかく手に入れた莫大な原資だ。カイトはすぐに次のバグを探索するのではなく、大商業都市『ミドル・バーグ』の安全な中心街へと四輪駆動車と高級キャンピングトレーラーを一時停車させ、しばらく街で過ごす手順を選択した。
夕闇が迫る中、大商業都市のメインストリートには、色鮮やかな魔導灯が次々と灯り、昼間以上の活気と賑やかなざわめきが広がっていた。
だが、カイトたちの白銀の移動要塞が停車している専用の特別区画だけは、周囲の喧騒から完璧に隔離された、最上のプライベート空間となっていた。
「……判定。これまでの過酷な環境デバッグの連続により、リアおよびエルザの精神的・肉体的なエネルギーの累積摩耗率、二十三パーセント。今後の最適運用を維持するため、本夜は徹底的な『休息および保養プロセス』を最優先で実行する」
カイトは衣服に汚れ一つない漆黒のジャージを纏ったまま、キャンピングトレーラーの豪華な大理石調のキッチンカウンターに立ち、無表情で包丁を握っていた。
その声音はいつも通り淡々としていたが、手元で調理されている食材を見つめる瞳には、ボロボロになりながらも自分を信じて付いてきてくれた二人への、不器用ながらも深い「労わり」の感情が静かに灯っていた。
「わあぁぁ……! カイト様、このお肉、すっごく大きくて柔らかいです! お外の街もピカピカで楽しいですけど、やっぱりカイト様と一緒にお家の中で過ごすのが、リアは一番大好きです!」
キッチンのすぐ隣、ふかふかの特注シートに座ったリアが、新しいジャージの袖をパタパタと揺らしながら、お皿に盛り付けられた最高級魔獣のステーキを嬉しそうに眺めていた。
お腹を空かせた彼女の野生の鼻が、ジューシーに焼き上げられたお肉の香りを嗅ぎつけ、その瞳を爛々と、長旅の疲れを忘れるほどの「無邪気な喜び」でいっぱいに輝かせている。カイトの隣にいられる安心感が、彼女の心をフニャリと蕩けさせていた。
「ふふ、本当ね。あんなゴミゴミした外の高級宿に泊まるくらいなら、完璧に温度管理されたこの部屋で、貴方の手料理をいただく方が何万倍も贅沢だわ。……あらカイト、私の大好きなあの冷たい飲み物も、もちろん用意してくれているのよね?」
本革のローソファに優雅に腰掛け、グラスを指先で弄んでいたエルザが、妖しく赤い瞳を細めてカイトを覗き込んだ。
外界の不快な湿気やノイズを完全にシャットアウトした最上のラグジュアリー空間。そこでカイトに甘え、もてなされる時間が、真祖としての彼女の「激しいプライド」と「独占欲」を極上の心地よさで満たし、その唇に妖艶で楽しそうな笑みを咲かせていた。
「……肯定だ。等価交換により、現在の資産価値にふさわしい最上級の嗜好品を具現化した。……提示」
カイトは満床の財布から金貨を数枚取り出し、等価交換の能力を発動した。
光の粒子と引き換えにキッチンの冷蔵庫内に現れたのは、現代の地球において、限られた高級店でしか味わえない、最高峰の『均質化された極冷クラフトビール』と、リアのための『果汁含有率百パーセントの濃厚完熟プレミアムジュース』だった。
「乾杯です、カイト様! エルザの姉様!」
「ええ、私たちのこれまでの完璧な帳簿整理と、これからの素晴らしい旅路に――乾杯よ」
カチリ、と心地よいガラスの音が車内に響き渡る。
エルザが黄金色の液体を美しく喉に流し込み、そのあまりの喉越しの良さと深いコクに、「はぁ……っ」と色っぽい感嘆の吐息を漏らした。
リアも冷たいジュースを美味しそうにちゅうちゅうと吸い上げ、幸せそうに尻尾をブンブンとちぎれんばかりに揺らしている。
カイトの手による特製ステーキを全員で口に運び、他愛のない、しかし確かな温もりに満ちた時間がゆっくりと流れていく。
いつもなら冷徹な計算機のようにバグを弾き出すカイトも、今夜は二人の楽しそうな笑い声に静かに耳を傾け、自らのグラスを傾けていた。
「……仕上げだ。リア、エルザ。食事の後は、トレーラー後部に設置された『自動洗浄機能付き最高級ジェットバス』での入浴を推奨する。火山帯の微細な塵を根底からクリーンアップしろ」
「わあ! あのおっきなお風呂ですね! お湯がブクブクしてすっごく気持ちいいから、リア、大好きです!」
「ふふ、本当に貴方の用意するインフラはどこまでも私を満足させてくれるわね。今夜はゆっくりと、貴方のくれた贅沢に溺れさせてもらうわ」
エルザがカイトの隣へと滑らかに寄り添い、その豊満な胸をカイトの腕にぴったりと預けながら、勝ち誇ったような、開いた距離を埋めるような愛おしげな視線を投げかけた。
リアも負けじと反対側の腕へと飛び込み、カイトのジャージの袖をぎゅっと握りしめて離さない。
「……判定。二人の状態値、完全に最上の数値へと回復しつつある。……デバッグ手順としては、極めて有意義な保養期間だ」
カイトは相変わらず無表情を崩さなかったが、左右から伝わってくる二人の温もりと、その心からの笑顔を見つめながら、その口元をほんの僅かに、誰にも気づかれないほど優しく、そして深い深い愛おしさを込めて緩めていた。
外の商業都市がどれほど賑やかに更けていこうとも、白銀の移動要塞の中には、世界で最も快適で、最も温かい三人だけの完璧な時間が満ちていた。
エネルギーを極限まで蓄え、互いの絆をより一層深く、強固に噛み合わせたデバッガーの一行は、次なる世界の不備を完璧に最適化するため、この大都市での贅沢な夜を、心ゆくまで静かに満喫していくのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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