第217話:商業都市のギルドと、想定外の時価換金
死闘の末に焦熱の火山帯『ヴォルカ・インフェルノ』の熱暴走を窒息の論理で完璧に鎮火し、安全な街道を切り開いてから数日。
カイトの四輪駆動車と白銀の高級キャンピングトレーラーは、火山の麓を無事に脱出し、大陸随一の交易量を誇る大商業都市『ミドル・バーグ』の巨大な城門前へと到着していた。
車内では、エアコンディショナーが静かに作動し、いつもの快適な二十四度の冷気を取り戻していた。
カイトは衣服に汚れ一つない漆黒のジャージを纏ったまま、運転席で静かに財布を開き、その中身を冷徹に見つめていた。
「……判定。これまでの連続的な環境デバッグ工程、および各種の等価交換の行使により、手持ちの金貨が残り二枚へと減少。……財貨の蓄え(リソース)が限界値まで枯渇している。今後の最適巡航を維持するため、最優先で『資金調達プロトコル』へと移行する」
カイトの声音はいつも通り淡々としていたが、その指先は財布の底を寂しげになぞっていた。いくら万能の等価交換システムといえど、原資となるお金がなければ現代の物品を呼び出すことはできない。このままでは次のおやつを出すことすら不可能という、静かな危機が迫っていた。
「あぅ……。カイト様、リアの火傷、カイト様が優しくお薬(軟膏)をぬりぬりしてくれたおかげで、もうすっかり痛くないです! でも、カイト様のお財布がペッちゃんこなのは、リアが火山でいっぱいはしゃいじゃったからですね……。リア、すっごく反省です……」
助手席のリアが、新しく具現化してもらったジャージの袖をいじりながら、ピンと立てた耳をへにゃりと寝かせて、本気で申し訳なさそうな「沈んだ表情」を浮かべていた。
カイトに怪我の手当てをされた時の嬉しさで胸をときめかせつつも、自分のせいでカイトが困っているのではないかと、その一途な瞳に不安の涙を微かに浮かべている。
「ふふ、何を殊勝な顔をしているのよリア。カイトが全力を尽くしたのは、私たちの居場所を守るためだわ。……でも、確かにこのままお財布が空っぽなのは真祖の私のプライドが許さないわね。カイト、お金稼ぎなら、私とリアに任せなさい。貴方の財布を金貨で溢れ返らせてあげるわ!」
本革のローソファに座り、すっかり元通りに片付いた車内で完熟ジュースを優雅に楽しんでいたエルザが、調律杖を誇らしげに掲げ、妖しく赤い瞳を輝かせた。
火山での死線を共に乗り越えたことで、彼女のカイトたちへの「深い仲間意識」と「深い信頼の感情」は、以前よりも格段に強く、熱いものへと進化していた。
「……問題ない。今回の資金調達には、前回のデバッグ工程で副産物として回収した『構造不備の残骸』を利用する。……これより、街の冒険者ギルドへの進入を開始する」
カイトはそう告げると、四輪駆動車の後ろに積んでいた、あの火山帯で窒息・冷却されてただの石ころへと変わったはずの『火炎防衛兵の残骸』を、重力操作でふわりと浮かせ、三人でギルドの重厚な扉を押し開けた。
ギルドの内部は、数多くの冒険者や商人でごった返し、熱気に満ちあふれていた。
そこへ、衣服に塵一つの汚れもないジャージ姿のカイトと、ハンマーを担いだリア、そして圧倒的な美貌を持つエルザが、不気味な黒い岩の塊を浮かせて入ってきたのだ。全体の視線が一斉に彼らへと集まり、ざわざわと不穏な私語が広がる。
「おいおい、なんだあいつらは? 見たこともない妙な服を着て……。それに、あんなゴミみたいな石ころを浮かせて、一体何の冗談だ?」
受付の近くにいた、大剣を腰に下げた傲慢そうなベテラン冒険者の男が、カイトたちを虫ケラでも見るかのような「見下しの笑い」を浮かべて遮るように立ち塞がった。
「ちょっと、そこのジャージのガキ。ここは命懸けで稼ぐプロの場所だ。そんなおままごとの石ころを持ってくる暇があるなら、とっととお家へ帰りな――」
「――そこまでにしなさい、無作法な羽虫が。私たちのカイトの進路を、その汚い体で遮るなと言っているのよ」
エルザが冷酷な「怒りの表情」を剥き出しにし、調律杖の先端を床へと軽く打ち付けた。
次の瞬間、完全に環境管理されたトレーラーで常に「満床」を維持し続けている、真祖としての全盛期の圧倒的な魔力圧が、ギルド内に地鳴りのように吹き荒れた。
「ひっ……!? あ、頭が、割れる……っ!?」
絡んできた男は、エルザの放った凄まじい威圧の前に、何が起こったのかも理解できず、顔面を真っ青に染めてその場にガタガタと震えながら膝を突き、平伏した。ギルド中の冒険者たちが、そのあまりの格の違いに恐怖し、一瞬にして水を打ったような静寂に包まれる。
「カイト様の邪魔をする悪い人は、リアのハンマーが許さないです!」
リアもジャージの袖をパタパタと揺らしながら、鋭い瞳で周囲の冒険者たちをキッと睨みつけ、その「圧倒的な闘志」で周囲を完全に気圧した。二人の活躍によって、厄介な絡みは一瞬で処理された。
「……判定。周囲の脅威度が低下。受付への直線経路を確保。……鑑定を要求する」
カイトは表情一つ変えずに受付のカウンターへと進み、浮遊させていた黒い岩の塊を静かにドン、と置いた。
震えながら出てきた老鑑定士が、恐る恐るその岩に虫眼鏡を当て、魔導具で測定を始めた、その瞬間だった。
「な……なな、何じゃこれはァァァッ!!!?」
老鑑定士が、椅子からひっくり返るほどの「驚天動地の絶叫」をギルド内に響かせた。
「これは……! 活火山帯の最深部にしか存在しないとされる伝説の『焦熱魔結晶』……! しかも、どういうわけか、内部の狂暴な火炎魔力が完全に、均質に『窒息・冷却』されて安定しとる! 不純物が一切ない、世界最高純度の魔導触媒じゃ! 時価などつけられん、金貨……金貨五百枚、いや、八百枚でギルドが総力を挙げて買い取らせていただく!!」
鑑定士の言葉に、ギルド内が再び激しいハチの巣をつついたような騒ぎに包まれた。金貨八百枚といえば、一国の大貴族が動くレベルの大金である。
カイトたちの行った「科学的な消火デバッグ」が、結果として、異世界では絶対にあり得ない『超高純度の安全な魔結晶』という、最高級の換金アイテムを無自覚に生成していたのだ。
「……判定。提示された金額は、現在の等価交換の軍資金として十分な余剰価値を持つと断定。売却手順を承認する」
カイトが淡々と告げると、カウンターの上に、輝く金貨が詰まった重厚な袋が、これでもかと大量に並べられた。
カイトはその袋を掴み、中身の金貨を自分の財布へとザラザラと流し込んでいく。ペッちゃんこだった財布が、見る見るうちに破れんばかりに膨れ上がり、カイトの「資産インフラ」が完璧に大復活を遂げた。
「わあぁぁぁ……! カイト様のお財布が、金貨でパンパンに太っちゃいました! すごいです、リアたち、大富豪です!」
リアが満面の笑みを咲かせ、尻尾をブンブンとちぎれんばかりに振りながら、カイトの腕にしがみついて「最高の喜び」を爆発させた。
「ふふ、当然の報酬よ。私たちの論理にかかれば、ただのデバッグのゴミすら極上の宝物に変わるのよ。これでまた、カイトの不思議な服から、美味しいおやつをいっぱい出してもらえるわね?」
エルザもカイトの隣に寄り添い、その豊満な胸をカイトの腕に預けながら、妖艶で楽しそうな「勝ち誇った笑み」を浮かべた。
「……肯定だ。リソースの完全な回復を確認。二人の迅速なサポートに、深く感謝する」
カイトは相変わらず無表情ではあったが、財布を嬉しそうに眺めるリアとエルザの頭を、その大きな手で優しく、そして深い愛おしさを込めて、ポンポンと順番に撫でた。
カイトの手の温もりに、リアは顔を真っ赤にしてフニャリと蕩け、エルザも驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに頬を染めてクスクスと笑った。
莫大な原資(軍資金)を獲得し、三人の絆をより一層強固に噛み合わせた白銀の移動要塞は、完全に潤った財布を携え、次なる世界のバグをデバッグするため、新たなる未知の地平へと向かって、再び何一つ恐れることなく滑らかにその車体を滑らせていくのだった。
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