第183話:バハル・ズラク支部と、銀の証明
大河都市バハル・ズラクの中央区。
白亜の石造りの街並みの中でも、一際巨大な錨の紋章を掲げた建物――冒険者ギルド『バハル・ズラク支部』の正面に、カイトは四輪駆動車とキャンピングトレーラーを滑り込ませた。
砂漠の街ガル・ラサームのギルドとは比較にならない規模の、神殿とも見紛う豪奢な大建築だ。
「うわぁ……! カイト様、ここのギルド、お城みたいに大きいです!」
車を降りたリアが、ジャージの袖から手を覗かせながら、圧倒されたように巨塔を見上げた。
その背後では、連結された高級トレーラーの近未来的で頑強な装甲キャビンが、通りかかる上級冒険者や通行人たちの視線をこれでもかと釘付けにしている。
「ふん、建物だけは立派ね。でも、中にいる連中の魔力はどれもこれも淀んでいるわ。水の利権に群がって、小銭を稼ぐことしか考えていない証拠よ」
エルザが調律杖の先端を石畳に軽く突き、不快そうに赤い瞳を細めた。
完全温度管理された車内で魔力を万全に蓄えた彼女にとって、この街に漂う強欲な気配は鼻につくものでしかなかった。
「……当然の帰結だ。上流インフラの腐敗は、末端の構成員のモラルハザードを誘発する。判定、内部の論理性をこれより監査する」
カイトは衣服に汚れ一つない漆黒のジャージの襟元を静かに正し、ギルドの重厚なブロンズの扉を押し開けた。
ロビーに足を踏み入れた瞬間、喧騒がピタリと止んだ。
大都市のギルドらしく、そこには鉄級から金級に近い手練れまで、数百人の冒険者がひしめいていたが、全員の視線が入り口の三人組へと集中する。
異世界の流行からは完全に逸脱した、漆黒のジャージという奇妙な装束。しかし、そこから放たれる圧倒的な静寂と、エルザの隠しきれない真祖の威圧感が、荒くれ者たちの本能に警鐘を鳴らしていた。
カイトは周囲の視線を完全にシャットアウトし、一堂に並ぶ受付カウンターの最も奥へとまっすぐに歩み寄った。
「……ギルド登録情報の更新、および港湾インフラにおける不備の報告を行う」
カイトは無表情のまま、ガル・ラサームで更新したばかりの『銀貨色の輝き(銀級)』のプレートをカウンターに提示した。
受付を担当していた高級な絹の制服を纏う男が、そのプレートを見た瞬間、品定めするような目を剥いた。
「……ほう。他領の銀級、ですか。昨日今日登録されたような魔力の少なさですが、ガル・ラサームのバルガスが発行した物のようですね。あそこは砂を噛むような辺境の田舎ギルド……。そこでどれだけの手柄を立てたかは知りませんが、この大河都市では、銀級など腐るほどおりますよ」
受付の男は、カイトのジャージ姿を見て鼻で笑い、あからさまに侮蔑の混じった態度でプレートを魔導端末へと滑り込ませた。
中央の総督バルトロ侯爵の権力が隅々まで行き届いているこの街では、ギルドの職員すらも権力に阿り、余所者を排除する構造的欠陥の一部と化していた。
「それに、港湾の不備だと? 港は総督府直轄の鉄錨商会が完璧に管理している。一介の旅の冒険者が、口を挟むような場所ではない――」
ピッ、と魔導端末が短く電子音を鳴らし、カイトの「最新のシステムデータ」を画面に表示した。
次の瞬間、受付の男の言葉が、物理的に凍りついたように途絶えた。
『――登録名:カイト。ランク:銀級。
特記事項:ガル・ラサーム防衛戦において、悪魔族正規軍二千の別働隊を単独(および同行者二名)にて完全消滅せしめた、最最高警戒対象――』
「な……、に、これ……? に、二千の軍勢を、一人で……!?」
受付の男の顔から、一瞬で血の気が引いていく。ガタガタと椅子を鳴らし、腰を抜かしかねない勢いでプレートを見つめた。
「……判定。データの読み込みは完了したはずだ。これより、銀級の正当な権利に基づき、港湾の利権囲い込みに関する公式な監査手続きを開始する。拒否する論理的な理由は存在しないはずだ」
カイトの無機質な声が、静まり返るロビーに響き渡る。
背後の物陰では、総督府から放たれた騎士の密偵、そして悪魔族の軍事帝国『バル・ザザード』の工作員が、そのカイトの恐るべき「証明」を前に、驚愕と共に通信魔導具を握り締め直していた。
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