第181話:インフラの最適化と、動揺する利権
石畳へと無残に圧着され、身動き一つ取れずに呻いている『鉄錨商会』の面々を完全に無視し、カイトは滞留していた穀物コンテナの前に佇んでいた。
背後では、連結されたキャンピングトレーラーのエアコンディショナーが、静かで規則正しい駆動音を響かせている。
「……判定。コンテナの滞留理由は、クレーンの制御術式に組み込まれた意図的な『遅延コード』。および、クレーンを駆動させる魔力配管の保守放棄による出力不足」
カイトは無機質な眼差しで、白亜の巨塔を背景に静止している巨大な鉄製クレーンを見上げた。
この都市の経済を牛耳る商会は、こうして物流をわざと滞らせることで供給量を絞り、市場の物価を不当に吊り上げていたのだ。人々の生活インフラを人質に取るそのやり口は、カイトの論理からすれば排除すべき最大の「不備」に他ならなかった。
「カイト様、この大きな鉄の腕を動かせば、あそこに溜まっているご飯(穀物)が街の中に運ばれるんですね?」
リアが荷台の影に這いつくばる男たちを鋭い目で見張りながら、耳をパタパタと動かして尋ねた。
「……肯定だ。クレーンの出力を適正値に戻し、遅延コードを均質化する。……等価交換」
カイトがジャージのポケットから、ガル・ラサームの防衛報酬で得た大金貨を一枚取り出し、指先で弾いた。
金貨が空間で淡い光の粒子となって消滅すると同時に、現代のテクノロジーによって最適化された『魔力循環効率化触媒(高伝導グリス)』と、術式を強制上書きするための『魔導スクリプト(言語結晶)』が手元に具現化される。
カイトは汚れ一つない漆黒のジャージの袖を少し捲ると、クレーンの基部にある魔力制御盤へと迷いなく近づき、その結晶を埋め込んだ。さらに、経年劣化を起こしていた配管へ触媒を流し込んでいく。
キィィィィン――ガシャ、ガシャガシャ!
直後、完全に沈黙していた数基の巨大クレーンが、これまで聞いたこともないような滑らかな駆動音を立てて一斉に動き出した。
カイトの術式上書きにより、人間の手による操作を必要としない「完全自動の超高速荷揚げライン」へと、港のインフラがその場で再構築されたのだ。
凄まじい速度でコンテナが次々と捌かれ、滞っていた流通の血流が、数分で完璧に回復していく。
「あらあら。商会があれだけ苦労して囲い込んでいた利権を、たった大金貨一枚分の等価交換で、一瞬にしてただの公共物に塗り替えちゃったわね」
エルザが調律杖で地面を叩き、クスクスと愉しげに笑った。
これで鉄錨商会が莫大な富を生み出していた「物流支配の構造」は、根底から粉砕されたことになる。
「……インフラの適正化を完了。流通効率は従来比で三百二十パーセントに向上。不備は排除された」
カイトがそう告げた瞬間、ようやく重力圧から解放され、脂汗を流して立ち上がった商会幹部の男が、真っ青な顔で絶叫した。
「お、お前……! 何てことをしてくれたんだ! 鉄錨商会を……いや、この港の総督たる『バルトロ侯爵』様を敵に回して、ただで済むと思っているのか!?」
「……バルトロ侯爵。その個体がこの流通不備の最上流か。判定、次なる処理対象を補足した」
カイトの濁りのない瞳が、男を冷徹に射抜く。
悪魔族の帝国が「二千の兵を消し去った怪物」の正体を追って工作員を放ち始める中、カイトはここ大河都市においても、利権の闇に潜む真の巨悪へと、その論理の矛先を迷いなく向けようとしていた
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