第180話:不備の即時均質化
白亜の巨塔を戴く大河都市バハル・ズラク。その熱気渦巻く港湾地帯の一角で、不快な金属音が響いた。
カイトたちを取り囲む『鉄錨商会』の私兵どもが、下卑た笑みを浮かべながら武器の切っ先を突きつけてくる。
「おいおい、黙っちまったな? その奇妙な箱馬車を置いていく気になったか? それとも、この大河の藻屑になりたいのかぁ?」
成金趣味の外套を揺らす小太りの幹部が、値踏みするような下俗な視線でキャンピングトレーラーを凝視していた。
その背後では、男の言葉に同調するように、十数人の荒くれ者がじりじりと間合いを詰めてくる。
「……判定。恐喝、および私有地の不法占拠を騙る移動自由の侵害。本領域における著しい治安インフラの不備」
カイトは衣服に汚れ一つない漆黒のジャージのポケットから、静かに両手を引き抜いた。
その瞳には、恐怖も憤怒も、戦うことへの高揚感すらも存在しない。ただ、目の前に転がっている粗大ゴミを処分するかのような、徹頭徹尾冷徹な光だけが宿っている。
「……さらに、港湾クレーンの意図的な稼働停止による市場価格の操作。お前たちの存在そのものが、この都市の流通効率を阻害する構造的欠陥だ」
「あ? 何をごちゃごちゃとわけの分からねぇことを――」
「カイト様、この人たち、お車とお家を奪おうとしています。……排除して良いですか?」
助手席から降りてきたリアが、ジャージの袖を少し捲りながら、鋭い瞳で男たちをロックした。
三日間の快適な睡眠によって蓄えられた爆発的な筋力が、いつでも前線へと飛び出せるように極限まで引き締まっている。
「ええ、やっちゃいなさいなリア。カイトの計算を邪魔するような害虫に、慈悲なんて必要ないわ。私も、少しだけ魔力を流してあげましょうか?」
エルザが調律杖の先端を地面にコツンと当て、赤い瞳を妖しく輝かせた。彼女の呪いはカイトによって完全に抑制されているが、その身から漏れ出る真祖の威圧感だけで、周囲の荒くれ者たちの数人が本能的な恐怖から一歩後退した。
「……否。エルザの広域魔術は、港湾のコンテナ群を物理的に破壊し、物流の復旧をさらに遅延させるリスクがある。リア、前線の維持を。――個体の均質化は私の術式で行う」
カイトが前方に右手を静かにかざした。
悪意の力は封印されているが、自身の魔力を術式の起点とする『重力操作』の精度は、砂漠の激戦を経てさらに洗練されている。
「……空間軸固定。局所的高重力場」
パシッ、と空間が爆ぜるような不可視の衝撃波が、商会幹部とその私兵たちの頭上へとピンポイントで投射された。
ドガァァァン!!!
先ほどまでの下品な笑い声は、一瞬にして絶叫へと変わった。
男たちの周囲数メートルだけが、通常の数十倍に達する凄まじい下方重圧に包まれ、石畳の地面ごと陥没していく。
「ガ、ハッ……!? なんだ、この、重さは……っ!」
「ひ、膝が……骨が、折れる……っ!!」
十数人の武装集団が、まるで巨大な目に見えない鉄槌で叩き潰されたかのように、一斉に地面へと圧着された。
成金趣味の幹部に至っては、その脂肪の重さがそのまま凶器となり、カエルのような声を上げて石畳にへばりついている。周囲のコンテナや港湾設備には一切の傷をつけず、ただ「排除すべき不備」の身動きだけを完璧に封じる精密な重力制御。
「……判定。無力化の完了。これより、配送効率の復旧作業へと移行する」
カイトは這いつくばる男たちを一瞥もせず、ジャージの裾を正すと、滞留している穀物コンテナの元へとまっすぐに歩み寄った。
悪魔族の帝国が裏でその正体を追って蠢き始める中、カイトは大河都市の利権の歪みを、ただの「作業」として冷徹に叩き潰し始めていた。
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